? 2026 47回個展




2026 47回個展



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067 (1)    2026 最終個展・ハガキ
私が最終個展を決めたのは、死を意識したからです。
女房の姉妹と兄嫁(才子)弟(敏幸)と回りがバタバタ天国へ…
私も80才を迎え次は私だろう?と1978年太陽賞を受賞し、
その時の審査員篠山紀信83才。月刊太陽の編集長、嵐山光三郎両氏共83才で没。
次は私だろう!!(何故なら私も病気持ちだからです)


067 (2)    お祝いの花 NHK文化センター
写真教室現在4カ所、NHKも20年、それぞれ教室の特徴が有りますが、
どちらかと云うとおとなしい上品な教室です。協力的で皆さん花を出して頂きました。
心から嬉しかった。常に協力的です。


067 (3)    山崎ゆたかさんから
NHK教室 山崎昌子のお孫さん(ゆたかさん)から頂いた。
2026年97回目の北海道に初めて参加、今後写真活動されると云う?
ありがとうございます。今後の活躍を期待しています。


067 (4)    日本写真映像専門学校
私の母校。日本で一番古い写真専門学校(大阪)です。
校長の冨浩一郎さんから、母校からお祝いの花。
大変嬉しい。日本一古い学校(今年2026年で70年です)


067 (5)    冨校長と日本写真映像専門学校
校長の冨浩一郎氏の父、冨雄氏とは長い付き合い。40年以上です。
私の個展のパーティーでは常に挨拶してお祝いも頂き、
忘れられない方です。長い間ありがとうございます。(感謝)


067 (6)    溝緑ひろし氏 京都の写真家
京都、いや世界的に有名です。京都の花街と祇園を私と同じ、
約60年撮影しました。舞妓と云ったら溝緑さん。
フォーカス時代は毎週、祇園情報が連載した有名カメラマンです。 


067 (7)    高橋靖氏 APA会員
高橋さんはAPA(日本広告写真家協会)プロの団体の会員、
私も太陽賞受賞後直ぐAPAに入会しました。彼は写真の仕事だけでなく
作品をお撮りになっていたので、早くから注目していました。
シュピーゲル写真協会の幹部で私の知る限り4代目会長もされていた。
(2027年グループ展招待を予定)


067 (8)    1970年代 京都の達人 植松正良さん
私は1964〜1977年までアマチュア活動していました。コンテスト主流で
特に私は月例にも力を入れ、その合間に色々なコンテストにチャレンジしている中、
京都の岩田山の猿に注目。眼の前に彼がいた。「植松正良」氏、同時代のライバルと云おうか?
私は敗けていた。大雨の岩田山の猿(サル)をローアングルカメラを地面すれすれで撮影。
しかも雨の中「ヤルナ」と思って注目。キャノンコンテスト・二科展、他
ことごとく上位を獲得、大活躍でした。思い出の人、元気でね!!


067 (9)    八田一徳さん
私は千里よみうり文化センターに1987〜2003年迄16年講師をしていた。
生徒さんの中で私から見て一番は八田さんと思った。
「日本の自然、ニコン、びわ湖コンテスト」等、コンテスト総なめでした。
コンテストで200万、300万賞金得る方は全く次元が違う。
天才でした。又努力家です。


067 (10)   堺雄二さん APA京都のプロ
APA会員京都のプロ。私がAPAに入会してグループアパ(APA)が発足。
1984年頃迄活動しましたが、今は自然消滅した。堺さんとは何となく気が合い?
彼は思った事をズバズバ意見を云う、ハッキリした人でしたので好きでした。


067 (11)   山本久右衛門さん 息子さん御夫婦
私の生徒さんの中で、父久右衛門さんは私に師事して頂いた最高の人でした。
ツアーも1,000回中350回?ぐらい、特に北海道は30回以上参加。
グランド北海道をフォトコンより出版、コンテストは250回入選、
コダック最高賞はじめキャノングランプリと…101才で天国へ。
ありがとうございました。


067 (12)   山本久右衛門さんの最高賞作品
コダックフォトコンテストは2003年位でコダックが倒産する迄、日本を代表する写真コンテストでした。
今回私の最後の個展に山田耕一さん(PRC)企画会社元PPS通信社と元ダイコロ編集者だった太田健嗣郎さん
同時に2人が会場に…後日大阪ナンバのレストラン(オーパース)に招待して頂き、
オーパース内に山本さんの作品が色あせる事なく輝いていた。2人で思い出話に花が咲き、
2人で山本久右衛門さんの写真集を3冊企画。太田さんには色々お世話になりました。
他に安藤良子、堀岡洋子、川本美繪子さんは2冊、滋賀の山本璋子さん他、ありがとうございます。


067 (13)   高島成光さん 生徒さんの中で貢献No1
よみうり文化センターの生徒さんでした。ツアーはたまにモンゴル、ベトナム、
北海道、九州、松之山、和歌山と一流企業の経営者の中、カメラが好きです。
2025年ベトナム上下巻と世界の人々と同時3冊編集しました。ありがとうございます。


067 (14)   花博出品 大阪コレクション
私の写真人生(2026、62年)びわ湖シリーズ。二度と撮れない大作です。
1990大阪花博に出品、京都写真美術館写真展では高島成光さんが会場でお買上頂いた。
写真展では中々皆さん買上げしてくれない中、高島さん作品買上げ。さらにお祝金、又、
阪神甲子園チケット夫婦分プレミアム席をプレゼントして頂き感謝。生徒さんの中、特別な方です。


067 (15)   フォトコン社長 藤井編集長
私の写真展でフォトコンが来て頂いたのは3回です。初代編集長河野さん。
1978年ニコンサロンで食事してホテル迄送ってもらった。2回目は板見浩史さん
写真展大阪に来てスピーチされフォトコンに掲載された。
2026年3月社長と藤森編集長と記念写真、大変良い記念写真です。一生の思い出。


067 (16)   関西二科展メンバー 川村雅範氏撮影
私の右隣 水谷勝沼さん。大阪を引っ張っている私の左隣は西岡千春氏、西岡伸太氏の御子息で
代々写真館を継ぐ名門。1978年私が太陽賞の頃、APA入会に尽力頂き、入会後グループAPA(アパ)を
中村𠮷之介さんらとグループを結成。4〜5年行動した。シュピーゲル2代目会長、京都丹平、草映会と写真一筋。
私と多少なりライバル(お互いびわ湖がテーマだった)でした、大先輩です。他の方二科展で活躍中の方々。


067 (17)   京都写真展会場
今回私の最後の個展47回目でした。写真展が終了して「写真の葬式」として公表しました。
私の兄弟と周りほとんど天国へ…やがて私も…女房は家族葬と決めています。
それなら写真葬式しようと心に決めました。(終了後皆さんに報告)喝采でした。


067 (18)   写真葬式 私の勝手な希望
何人来てくれるか?分かりませんが…最後の個展ならと東京方面からも古くの知人、
友人が来てびっくりしました。写真展私の事務所1号店(1968〜1969)の
電気通信大学の写真部だった打越敬眞御夫婦が特にびっくり。60年前のお客さん
写真関係の東京書籍の印刷会社で定年を迎え、京都迄来て頂き感激しました。
約1300人の入場者、私の葬式うまく行き感無量です。


067 (19) 会場内 所狭し
私も最後の個展で力が入り、出来る限りの作品を見て頂く為に、
キャビネ約2000枚ファイルにしていましたが空振り?そこまで細かく
見てもらうのは無理でした。皆さんほとんど写真展の見学時間を計算なく、
1人私との時間5〜10分、作品拝見時間15分、平均30分です。
少し悲しい、せめて1時間でもいて欲しい。


067 (20)   タイトル ダイコロ
ダイコロ印刷(株)ダイコロは私との付き合いも永く社員のコンテスト約20年審査、
生徒さん他写真集もダイコロ。写真関係の印刷はダイコロのみ、
タイトルも62年の歩み、大きく私の歴史を作って頂き、感謝の限りです。


067 (21)   竹生島と桟橋(高島市)
個展計画の為、奮発して高島市に宿を取り、メタセコイヤの雪の目標でした。
正月3日間は雪しぐれ遠景にオレンジの光が日の出と竹生島です。
作品は不発でした。2026.1.3.ホテルの前で


067 (22)   メタセコイヤ
早朝期待して行ったが今迄と変わらず作品とまで行かず
思い出としてこのギャラリー発表、写真展で使用せず。


067 (23)   個展会場内 写真葬式
終了後、皆さんに写真葬式を公表しました。女房は家族葬と言っていますので、
皆さんが来て拝見し、少し会話、時間のある方はコーヒーをおもてなし、
私にとって思い残す事はありません。


067 (24)   ポスター他
会場をインパクトにする為にポスターを展示。
2026、イタリアの美術史に掲載されたので右の2点、
太陽賞作品と奈良の山焼きを異色作として展示しました。
入場者は1300人ほど…結果は満足でした。


067 (25)   盛り沢山 ギャラリー
多分この様な展示は過去なかったと思います?何しろ私のラストの個展全作品見せようと
努力しました。昔のファイル2Lとフィルムセットのアルバム迄、しかし持参したアルバムは
場所がなく展示出来ずスペースも限られ自身の力の半分にも及ばず心残りでいっぱい。
京都写真美術館の良い所は喫茶オフィス。お客様を迎えておしゃべりコーナーも有り、
ほとんどコーヒーを勧めました。終了して数は400杯でした。
アルバイトのパートさんを交代しながら3名の方にお願いしました。
写専OBの伊藤治美さん、藤井さん、吉田さん、さらに東野さん、武藤さん。


067 (26)   記念写真 本人
自分の顔に自信がなく、好きではないがラストと云う事で。
背広を毎日変えネクタイも変え、スーツの名人西嶋俊介さん、
びわ湖62年前に案内した服屋(テーラー)さんに過去作って頂いた服を
御礼の積りで。精いっぱい自身の最後を締めくくりたかった。


067 (27)   写真展入口 京都写真美術館
京都ギャラリー 2Fが貸しギャラリー、1Fはオーナーの清水安雄氏の常設ギャラリー。
2年前、齋藤康一氏(林忠彦、秋山庄太郎)有名な写真家の助手、
考えられない方が同ギャラリーで作品展を開催。拝見してその時、
私も将来しようと心に決めた。川内陽さんもしていた。


067 (28)   京都の街屋風 ギャラリー入口
聞くと以前は料亭だったと聞く。ギャラリーの内部もその残りが風流で
とても素敵なギャラリーでした。最後の個展として満足の行くものでした。
47回の個展は私の一生の財産!!消え行くのは悲しいがこれも人生です。


067 (29)   日本光画会 上野能宏氏
上野君とのつき合いも永い。私が写真店していた時代のお客さんで、
彼はまだ学生でした。その後朝日カルチャーの生徒となり日本光画会を
推めました。光画会の創立者は写真学校で同級生だった(高橋正舟)がいたので、
国画、二科会より入選が優しいからでした。2回連続で賞になり、
会友、そして会員、今では副理事長と出世した。


067 (30)   大阪 ニコールクラブ
左から三番目が私の友人永廻賢二さん、私と年代も同じですが?
50年〜60年前から写真好きでコンクールでもたびたび氏名が出ます。
2026年フォトコン組写真の部でも活躍中。仲間を案内して、
ギャラリーに来られた方々、ありがとう!!


067 (31)   会場作品 よし焼作品
会期中近江八幡市元市長「玉田盛二」氏御夫婦と娘さんが来て、
久しぶり元気な姿を拝見、嬉しかった。「喫茶シャーレ水ヶ浜」を経営、
人気店です。長い間私の作品を飾って頂きありがとうございました。
近江八幡のよし焼ファンタジーを企画、大変人気でした。市長時代の
観光目玉作品を当日会場でお買上頂きました。ありがとうございます。


067 (32)   白鬚神社夜景 車のライト利用
作品は1977年頃、私がアマチュア最後の作品。自分でライトアップした?当時、
車のヘッドライトを使った作品を得意とし、鳥居にも、危険だったが…道路上から撮影。
今では考えられないが、当時車が少なく5〜8分で1台くらい!!2度と撮れない大作品です。
外国の方にお買上げ頂きました。


067 (33)   白鬚と虹
この作品も62年。テーマの中、虹と白鬚鳥居は最高です。私の中では良い方です。
外国の方から人気です。会場が平安神宮通り、場所も良く、個展47回中外国人の会場入りは一番でした。


067 (34)   ダム予定で消えた集落
長浜市余呉湖の奥「鷲見集落」です。作品は生徒さんの木村由則さんがお買上して頂いた。
私は二科会会員の青木君夫先生の個展でお祝いで過去3作品買上げました。
生徒さんも今回15点買上げして頂いたが、私の最後と云う事で作品処分で格安でした。
思い出はJRセルビスギャラリーと京阪百貨店では1990年代7万円でした。両方合わせて100点、
その中生徒さんは30点。時代は変化したのか?私と生徒の考え方も昔と違う?


067 (35)   京都の街A 写真展の前
京都写真美術館ギャラリー、私の事務所(寝屋川市、香里園)から
約1時間、少し早かったので京の街を女房と散策してみました。


067 (36)   京都の街B 時間潰し
京の名所、先斗町の朝、女房の影。前方突き当たりに建仁寺が有ります。
聞く所によると建仁寺はさらに昔は広く、先斗町あたり迄あったと聞く!!


067 (37)   京都の街C 写真展は11時少し待ち時間にて
先斗町を1周しました。何年ぶりでしょうか?所々撮影禁止の文字が、
インバウンドで舞妓さんを勝手に撮影したり、追い回す等マナーの
悪い方が多くなってこの様になったと思う?


067 (38)   会場内
私は最後と決め、過去90年代 JRセルブスギャラリー京阪百貨店では
7万円で販売しました。バブル時代もあって過去トータルで100点近く販売、
今回は処分1〜2万円の格安です。投売と同じ!!作品は持帰りで…
処分する事でした。自宅に私は持帰りなしで…


067 (39)   写真展のお祭り
全紙額付き及び少額のキャビネ、6切、4切とバラエティーに展示。
皆さんびっくりしていました。何しろ最後の個展ですので、
自分の好きなように思い切り満足する様にしましたが…
皆さん受止め方は色々あると思っています。


067 (40)   私の名作(A)週刊新潮
週刊誌に始めて掲載された「週刊新潮」
グラビア、モノクロ作品9作品5ページでした。


067 (41)   私の名作(B)TV東京Iboki自然番組
テレビ東京の取材であまり分からぬままロケが終わり食事中に色々と説があった。
放送時間はわずか5分以内でしたが…ロケはほぼ1日でした。
旭化成の住宅ネオフォーム住宅断熱材のCMだと聞いた。


067 (42)   私の名作(C)気球
撮影日は雲のあり方が良かったのか?会場での人気作品、
思えば「世界環境会議」に選ばれたのも気球。
子供を配して世界にはばたくイメージでした。


067 (43)   湖岸の花 奥びわ湖
写真会場は京都平安神宮通り約500mの写真会場。外国の方が良く入場されて
びっくりしました。入場者の1割?言葉が分からないので…
お客様で女性の方でしたが、作品を見て飛び上り喜び踊り出すのです。
私は意見が分からぬままお買上頂きただただ嬉しい限りでした。


067 (44)   月刊フォトコン 2026年7月号 日本写真企画
フォトコンコンテスト片村社長と藤森邦晃編集長が2026/3/19会場に来られた。
私の個展でフォトコンから来られたのは①河野真進氏②板見浩史氏③今回で3回目、
私が最終回と話したら来ると聞き、びっくりしながら嬉しかった。
藤森編集長、社長、ありがとうございます。


067 (45)   フォトコン編集部 神立尚紀氏、武田敦子氏
神立尚紀氏とは今回で2度目、以前は山本久右衛門さんでした。
京阪守口百貨店で待合せ、NHK守口文化センターがある為です。
神立さんは日大芸術学部名門出身、フライデーのカメラマンから
戦後の戦争問題、軍人たちの戦後証言の資料で有名、月刊フォトコンの
「一生懸命フォトグラファー」25年連載中。偉業です、偉い!!


067 (46)   神立カメラマン&作家山崎さんのポートレート
やっぱりフライデーのカメラマン、表情を引き出すのが上手。私もかつて若い時、
西川きよし(漫才)、鉄砲光三郎(河内音頭)、桜田淳子(歌手)、江口乙矢
(モダンバレエ)、それぞれ有名人を撮影した経験はありますが…ハッキリ言って
私は上手とは思っていません。その後風景(びわ湖)に重点置きました。


067 (47)   NHK守口教室
山崎昌子さん、NHK守口教室の生徒さん。写真集は私が
編集していますが、優秀な真面目なおとなしい片です。
神立さん、カメラニコンでかなりレンズ明るい様でした。


067 (48)   京阪百貨店前
当日小雨でしたが編集部の武田敦子さんと二人でコンビで撮影。
山崎さん緊張されていたが?武田さんがいる事で…和らいでいた。


067 (49)   対決(モデル&カメラマン)山崎昌子さん、神立尚紀さん
カメラマンとモデルは常に対決です?私の場合そうでした。
限られた時間で相手の表情を引き出す。神立さんフォトコン毎月取材、
多分慣れていると思う。私の経験「月刊太陽」で京都菓子「川端道喜」氏と
少林寺総本山で宗道臣の娘さん撮影は緊張した。忘れられない。


067 (50)   神立尚紀氏 フォトコン
彼も私と同世代、大阪出身。私がアマチュア時、月例コンテストにチャレンジした頃を
神立さんは知っていたとか。週刊誌のカメラマンも私は多く知っているが、この時代迄
(何十年も)仕事をして活躍している人は少ない。私の時代、木村恵一、斉藤耕一、
熊切圭介、野上透、私とプロの同期吉川譲さん、週刊新潮を近年迄ずっとされていて、
さらに自分のテーマを持ち作品創作されていて、立派と云う他にない。

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