青の世界 2


002 (51)    岩の上(isikawa)    1971年撮影
能登のある日 岩の向こうに御主人がいてノリ取り作業
波が荒れ心配しながらの手伝い作業だった。


002 (52)    波荒れ(isikawa)    1973年撮影
秀影クラブ(エリモクラブの前身)も太陽賞受賞(1978)まで在籍していた、
森本義次さん、ミスターペンタックスと云われて会をまとめていた。
西嶋氏の他、節田・遠藤・小西・西川・私がヤマザキタケオ・三宅信男氏を誘った・・・
現在は休会している。


002 (53)    冬の海A(kyouto)    1968年撮影
越前海岸 私の好きな兄弟岩である
必ず波の高い日は寄る、かれこれ越前も年に2〜3回 50年の歳月です、
関西の良い被写体地は全部同じ様にグルグル回転木馬の様に各季節毎に回っている。


002 (54)    冬の海B(kyouto)    1969年撮影
この作品は日本カメラ月例C部(スライドの部)で金賞(1974年) 審査員が緑川洋一先生だった。
緑川先生は二科会会員 フイルターの名手で有名。
私もプロになり松下電器産業(現パナソニック)のカレンダーにノミネートされ先生と最後まで争った、
先生のテーマは国立公園、私は琵琶湖だったがスケールの差で先生に決まった。


002 (55)    石舞台(nara)    1967年撮影
西嶋先輩は常に私を誘ってくれた、私もほとんど断らなかった、
車を出して迎えに来て昼の弁当まで用意して頂いた。感謝でいっぱい・・・
この日も奈良の飛鳥、雲が良かった。  入園料無料時代


002 (56)    黒沢牧場(wakayama)    1974年撮影
和歌山・野上鉄道・生石高原・棚田・黒沢牧場・円田がコースだった。
黒沢牧場で馬の写真が好きになったことが始まり・・・現在は北海道まで馬を追い続けている、
馬の作品も山ほど有ります。


002 (57)    漁火(tottori)    1972年撮影
漁火は日本海が主に・・・
越前・能登・丹後・鳥取・島根・兵庫と・・・


002 (58)    冬の能登(isikawa)    1973年撮影
能登の冬は大好き、海岸線を良くテーマにしていた。
毎年この場所は撮影、青森津軽の写真家小島一郎氏の作風が忘れられない。


002 (59)    砂に埋まる船(isikawa)    1974年撮影
相変わらず西嶋氏と能登へ同行しても当時は教える方法ではなく、
それぞれレンズや・露出・アングルは別々で・・・見て覚える、
言葉は悪いが技を盗むのである。


002 (60)    千枚田(mie)    1988年撮影
三重県丸山千枚田 ある日会長の北さんにモデルになってもらった。 近くのお婆さんも・・・
2014年は お婆さんから90才を超えたのでこれが最後と云われた。
吉永明美さんコダックのコンテストで入選
吉永さんも2015年は二科会会友になった。
私の会より10人が輩出された。


002 (61)    湖北残光
赤井電機の海外用ポスター、パンフレット、手提げ袋に採用
ドラマチックな光は音の世界のイメージとのことでスタンダード通信社により赤井電機のCMに採用。
私のベスト10。


002 (62)    淡海水の詩    1987年撮影
「AQUAS(水と語るアクアス)」No.2に採用
No.1を飾ったのはアラスカで有名な星野道夫氏。
この誌の企画担当平野巳喜男さんは水にこだわりをもって仕事をしている写真家の作品をと言っていた。
琵琶湖をテーマにしていて良かった、とつくづく…。


002 (63)    暮和む    1969年撮影
日が暮れても貝を掘っていた家族… 合成
 


002 (64)    湖上漫遊    1971年撮影
賤ヶ岳より日中に撮影 花博に招待出品 大阪府永久保存作品
使用する人が少なかったブルーの濃いB12フィルター使用。ライフ誌の表紙を飾った
吉田茂の写真で有名な三木淳先生(当時のJPS会長)がJPSの講演会で私のことを
ブルー(青)のマツシマと呼んで私独自の作風を評価してくださり光栄だった。


002 (65)    エリ
フジ64T JR新幹線車内雑誌「L&G」に発表
「ハーバード大学ライシャワー日本学研究所年次レポート」表紙に採用


002 (66)    雪の日    1981年撮影
1981年の大雪に見舞われた冬 雪の中太陽を背にトビが大きく羽ばたいた
この日に撮影した作品でJPS展金賞を受賞した。

ギャラリートップへ戻る