? 花の可憐  マツシマススム




花の可憐



※作品は左から右に並べて展示しておりますので、
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右にスライドさせてご覧ください。



         


019 (1)    梅林 Osaka Castle Ume Garden
千里よみうり文化センター時代(1986〜2007)、関西の重鎮 ・写真家、中村吉之介先生から教室を開講するので協力して欲しい
との事、当時、先生の助手で土田智代子(JPS)さん、建築写真家の河野豊氏(JPS)と私の4人でスタートしました。
ミノルタα-7000が発売され爆発的人気に便乗した、約150名に及ぶ人気講座になり、関西で一番多い方かも?。
近場の日本庭園(万博)・中之島 ・服部緑地公園、大阪城梅林は毎年2月から3月に生徒さん達と行きました。
夕暮れ4時〜6時、私はテクニックとしてアナログタングテンタイプ(フジT64)使用、懐中電灯を花に軽く当てた、
フォトコン(日本写真企画)別冊、12ケ月ポイントブック冬号に発表(1992年撮影)。


019 (2)    千里日本庭園 Osaka Suitashi
千里万国博の跡地に万博公園として日本庭園 ・自然文化園 ・国立民俗博物館 ・万国博ホール他 14施設がある。
通年、花の季節があり、私は太陽の塔の横にある梅林を教室で利用した。 作品は守口NHK文化センターの生徒さんと撮影、
NHKも10年近くなりますが、梅林は2〜3回実習で使用、その時の実習作品。 定番の正面大きく、逆光線を利用して
花の回りにアウトラインを考えました(2012年春・撮影)。


019 (3)    万博梅林 Osaka Suitashi
万博記念公園は大阪の人にとって忘れられない名所。 1970年万博の跡地に出来た大公園です、憩いの場になっています。
教室の中村吉之介先生は桜と蓮の時期は必ず生徒さんを連れて行きました。
私はその中で梅林だけで先生のお膝元ですので少し場所に変化を考えました・・・更に撮影テクニックも私の知識の限りを尽くし皆さんに教えました。
その中の一つソフトを使って(主にフイルターは私の得意)また、フイルムの種類、特にタングステンを広めました(1986年春・撮影)。


019 (4)    スイセンの波 Fukuiken Echizen
越前海岸もかれこれ50年以上毎年撮影に行っています。 最初は先輩、西嶋保介氏と一緒に能登半島へ行く時は必ず立ち寄りました。
西嶋さんは正月の連休になると4日か5日に能登へ行かない!!と誘って戴いた。 私は喜んで参加、途中、越前海岸から日本海を北上、
能登を一周して帰る。 また時間があれば帰りも越前に寄り、風景・スナップ・時々スイセンの花を撮影した。
この作品は後日、私のツアー(マイたうん)の中で多重撮影のテクニックを公開した、一枚目は普通に撮影、二枚目はスローシャッターで
カメラを横に動かしてスイセンが風に動くイメージで作画した(1989年冬・撮影)。


019 (5)    春 Naraken Butsuryuji
ソフトレンズで撮影、1980年代、写真家・秋山庄太郎さんがソフトレンズで花の作品を良く発表されていた。
私もペンタックス6×7を使用しソフトレンズも使った。 後にマウントを35ミリにして6×7用レンズを35ミリに使用し良く使用したが?
それ程、作品の良いものは出来ず、1995年以後は殆んど使っていない。 作品は奈良仏隆寺の桜の撮影後、上の道に登り茅葺きの家の前で
この花を撮影、日本カメラ1988年 春の撮影準備号で発表(1985年春・撮影)。


019 (6)    チューリップ Osaka Yodogawakasenjiki
私の近所、淀川の河川敷です、当時コダックフイルムの中にPCF(顕微鏡フイルム)、ISOは20前後の低感度フイルムがありました、
そのフイルムを増感しました。ISO20を160まで・・・ラボは当時、プロの日本発色を私は良く利用していました。
このフイルムの為にわざわざ時間を作り作業します、面倒なので困っていましたが・・・
私は誰も作画してない作品を研究していましたので無理に現像を頼みました。 フォトコン別冊(1992年)で発表、
編集部の大藤貞男さんは元々コダックの社員、私とも親しくしていました(1988春・撮影)。


019 (7)    伏見の酒蔵 Kyoto Fushimi
私は写真学校卒業とほぼ同時に結婚し奥さんに写真店を営業させました。 1号店、寝屋川市日之出町、電気通信大学の近くです、
サンエーストアの裏口前でした。 マツシマフォトサービス店とラボの両立でした。
時間があれば近場の伏見稲荷神社 ・伏見酒蔵 ・淀川河川敷等で撮影しました。 私のアマチュア時代、初期の作品です、
それでも前ボケ技法は知っていました(1966年春・撮影)。


019 (8)    花美女 Shiga Moriyama
滋賀守山の花の名所 1月〜3月、時期によって差はありますが、守山の菜の花は大人気です。
近年ネットの普及であらゆるニュースが素早くネットで拡散して誰でも簡単に知る時代になりました。
30年当りではカメラマンも知る人ぞ知る位でした。 1990年の京阪百貨店で発表しました、
菜の花はマアマアの人気で菜の花と琵琶湖を知っている方はその頃は殆んどいなかったです。
近年、若い女性カメラマンも増え、色々とアイデアを考えているのです、人形と菜の花を作画していました。
この様な光景はここ数年見られる、良い事だと思う・・・色々なアイデアも広がっています(2017年春・撮影)。


019 (9)    鯉のぼりとモクレン Naraken Shimoichi
私の十八番の地、モクレンはかれこれ30年以上、写真界で発表したのは私だと思っています?。
アマチュアの方を案内して延べ1.000人以上です、日本カメラ別冊 ・写真入門風景編(1993年)
当時の三上編集長から依頼されました。 三上さんへは評論家、田中雅男氏(濱谷浩氏の兄)から紹介して頂きました。
その元を作ったのが京都の作家、荒井保男氏(ニコンサロン個展の常連さん)だった。
人とのつながりは不思議です、荒井さんは忘れられない私の中で大切な方(1992年春・撮影)。


019 (10)    モクレンと母 Naraken Shimoichi
母と云ってもモデル山本冨子さん、元は大きなプロダクションのモデルさんでした。何回かお願いしている中でより久しくなり、プロダクションを通さず直でお願い
しました。NHKの朝ドラや朝日放送の部長刑事、大きい所は高倉健 ・松田優作のブラックレインにも出演。大阪駅構内に大きなポスターで多分シャープだったと
思うが、おばあちゃん姿の微笑ましいポスターの作品も拝見しました。私の所では お婆ちゃんモデルとして15年ほど参加して頂きました、入選数は30点を越えます。
当時、お婆ちゃん・親子モデルとか動物モデルを使うプロは 他に関西では無く私の独壇場でした。山本冨子さんありがとう(1998年春・撮影)。


019 (11)    水芭蕉 Fukushimaken Nitanuma
早春撮影ツアーで北海道 ・東北等で良く水芭蕉を撮影した、作品は東北福島県の仁田沼、水芭蕉の名所です。
私の中でベスト3に入っている、ソフトフイルターを使用、早朝懐中電灯で照らしてアクセントにした。
私の知り得る限りのテクニックを色々と工夫していました、出来る限り皆さんに良い作品が生れる様に考えていました(1997年春・撮影)。


019 (12)    カタクリ Fukushimaken Nitanuma
仁田沼の水芭蕉を撮影に行く途中発見してシャッターを押して見た、ローアングルで静寂の森でした。
花は僅か10cm〜20cmの低い花ですが、森の中ひっそりと咲く姿に思わず気分が乗りました。
良いとは思えないが!!その時の気分が好きでした。 山本久右衛門さん、2017年で97才です、仁田沼まで丘を越えて30分ほど歩きました。
山川勝治さん滋賀の二科会会友は山本さんの荷物を持ち手を引く姿は今でも忘れられない。
人の優しさを知りました、その時の作品です(1998年春・撮影)。


019 (13)    信州の春 Naganoken Azuminoshi
信州の春は2010年から毎年撮影ツアーに・・・高山村(宮川宅)和美の桜に出合い、また長野全体に多数、
桜の名木があり・・・桜も季節の温度で急変します。 7回中、僅か一度だけが良く悲しくなるほど桜は難しいです。
私の場合は数ヶ月前に決めるので・・・それが原因です。花が咲いてから直ぐ行くと良いのですが・・・
スケジュールが有る為に・・・(2015年春・撮影)。


019 (14)    昆虫館 Osaka Itamishi
花のシリーズで何で蝶!! ひと休みのコーナー。 北の国からの倉本聰さんのTVドラマの中で
キタキツネ・エゾ鹿・リスがワンシーン出て来ます、そのドラマと同じ様に合間にひと休みして見て頂くと云うアイデアです。
大阪伊丹の昆虫館内で撮影、この作品もカルチャーの教室だった(1995年夏・撮影)。


019 (15)    菖蒲 Osaka Shirokita Park
大阪市・城北公園の菖蒲は市内では一番人気の歴史ある菖蒲園です。 私は大阪に来た1964年の夏も城北公園で撮影、数年通いました。
私は近くの赤川町で下宿しました、歩いて5分ほど城北公園と淀川はその頃私のテーマでした、カルチャーの講師になってからは2〜3年に一度、
合せて20回は城北の菖蒲園に・・・その時のフイルムPCFを増感しました。
ISO20を60に絞り開放の F5.6 ・望遠200ミリ、タングステンとは違った色合いに満足しています。
写真家で元日本カメラ編集長(梶原高男)が京阪百貨店の会期中、総評の中で作風を評して
色で見せる人だとスピーチの中で言っていたのを思い出します(1978年初夏・撮影)。


019 (16)    風に乗って Fukushimaken
撮影ツアーで東北の福島県も良く行きます。 桜 ・リンゴ ・梨 ・桃と春の季節は花盛り、風が強く吹くと樹が揺れて花が動き、
写真の表現にも動きが出ます。早くからこの作品は大好きで多くの生徒さんにも伝えてます。
この作品はシャッタースピードは1秒、シャッター優先、絞りはオートで三脚とレリーズが必要です(1986年春・撮影)。


019 (17)    花の幻想 Osaka Hananobunkaen
河内長野市に花の文化園があります。 TEL072−163−8739(月曜休館)、年間を通じて色々な花を楽しむ事が出来ます。
大温室もあり散歩しても良し1日遊べます。私は教室で時々利用、この作品もその中でスローシャッター1秒の手持ちでカメラを回転しました。
ただしこの様な作画は10回位、撮影してください、一発必中とは行きません。
上手く行くと今迄とはまた違った作画で楽しいものです(1997年春・撮影)。


019 (18)    スローシャッター Osaka Nagai Park
写真教室でした、2017年現在、写真教室 5ケ所
?朝日カルチャー中之島(朝日新聞社18F)
?アサヒカルチャーくずは教室(京阪くずは駅構内3F)
?NHK守口教室(京阪百貨店内8F)
?マイたうん友の会(大阪駅前第2ビル)
?京阪香里園教室(京阪香里園駅2分、マツシマ写真事務所)。
その他デジタル初心者クラス・写真クラブ「写団寝屋川」とそれぞれ皆さん一生懸命努力されています。
2017年、二科展7名 ・三軌会8名 ・研展7名 ・なら展9名等皆さん頑張っています(2014年春・撮影)。


019 (19)    三室戸寺のあじさい Kyouto Mimurodoji
花の時期は6月中旬〜7月初旬、アジサイだけでなく蓮もあります、カルチャーの教室で良く利用しました。
よみうり文化センター千里教室でスローシャッターを教えました。ストロボ使用、シャッターは1/15 ・1/8 ・1/2 とそれぞれ変えて、
ストロボが光ったらカメラを手早く動かす。 当時は中々皆さん上手く行きませんでした、かなり難しかったですが?
今ならデジタルカメラで数十回撮影すればかなり上手く行きます(1989年初夏・撮影)。


019 (20)    アジサイ Osaka Shirokita Park
撮影場所がNHK文化センター守口教室から近いので数回実施し、流し撮り ・ スローシャッターです、
特別良い作品とは云えませんが、普通に撮っても変化がない。 1964年初めての城北菖蒲園の作品です、
当時DPEのプリントを入れるミニアルバムの表紙になった事もあります、それはハイアングルから花を綺麗に写しただけの写真。
私はカルチャー等やツアーでも花を撮影に行くと決めますが!! 単なる花の美しさだけでは何の変化もないと思っている。
何か作品にイメージが広がるか?物語が出て来るか?他と違った表現をされているか?色々考える必要があると思う(2014年初夏・撮影)。


019 (21)    幻想 Kyouto Mimurodoji
よみうり文化センター時代、中村吉之介先生が千里周辺で撮影が多かったため、私は少し遠めの京都にしました、
皆さん現地集合ですが参加されました。
2時間の半分はスナップ ・花と人物 ・紫陽花の風景 ・教えてもらうと云う考え方があまりなく・・・
好き勝手と云うか? アジサイの花を色々考える様に私は思っていましたが・・・
それぞれ個々に撮影していた・・・
何処の教室も同じです、自由でいいのですが?手に負えません。
最近は自由に撮影してもらっているのが現状・・・
早く上手になるには良く聞く事ですが?(1990年初夏・撮影)。


019 (22)    ガクアジサイの蕾 Osaka Shirokita Park
ガクアジサイの蕾だと思っています?時々クローズアップでも撮影、
マクロ撮影は通常の視覚と違いますので写真の面白さがあります。
それは理解しますが・・・時々でいいのでは、
ただしマクロ専門として追及して行きたいのであれば良いと思う(2013年夏・撮影)。


019 (23)    花と蝶 Naraken Kashihara
中村吉之介先生 (APA ・JPS会員)、関西で私が知る写真家、当時10人に入ると勝手に思っていました。
私が太陽賞(15回)受賞してプロ作家にスタートする時点で保証人に悩みましたが?
中村先生へお願いしました。 快く引受けて頂き、当時、中村先生自身も作品を女性から風景へと転進する頃でした。
中村先生の作品を拝見して、私は望遠レンズで撮影した作品ばかりだったので・・・
当時、光芸クラブを見学し、岩宮先生がワイドワイドと盛んに教えていたのを思い出し、中村先生にワイドも必要、
光芸クラブで流行している事を教えました。その後、広角レンズの中村とまで云われる位、ワイドを使用され・・・
私は今でもこのワイドの話を良く色々な人達に言っています(1987年夏・撮影)。


019 (24)    多重撮影 Hokkaido
撮影ツアーで北海道は何回もギャラリーに書いています様に、2017年秋で78回になります。
約33年前からスタートして年に2〜3回北海道を訪れています。 山本久右衛門さん(97才)は必ず年2回参加され、
北海道が大好きになり、とうとう2017年秋に写真集を出版されます。
30回以上参加の北海道だけでフイルムとデジタル合わせて約8万枚撮影されました。
私は全てに眼を通し2.000枚を選んで編集人の太田健嗣郎さんに渡しました。
その中から約150点程まとめて写真集になります(2011年秋・撮影)。


019 (25)    ソフトレンズにて Hokaidou
2017年6月中旬、ダイコロの社内で私と太田さん、デザイナーの藤本ゆかりさん、辻博明さんの4人で
山本久右衛門さんの仮編集したものに目を通し数枚入れ替えして、7月1日山本さんに見せて最後の確認をします。
問題なければ次の工程に進む予定 ??楽しみです(2010年春・撮影)。


019 (26)    花の群れ Aomoriken
主だった参加者は河本美?子さん ・豊島喜代子さん ・川村登久子さんでした、
その他の人は思い出せない、既に10年以上の歳月が経ちました。
川村登久子さんも千里よみうり文化センター時代からの生徒さんで、コンテストには私が無理を言って出品して頂きました。
良い作品を持っていたら発表すべきだと思ったからです。
JPS展は銀賞、ナショナルジオグラフィック ・二科展 ・富士コン ・キャノン ・コダックと全て総なめといえる程の大活躍でした。
特に風景はアマチュアでは関西でトップクラスだったと思っています(2015年夏・撮影)。


019 (27)    楽しい出会い Niigataken Sado
佐渡のカンゾウの丘、大野亀は佐渡の名所、私はツアーで佐渡には合計10回ほど訪れている。
2016年12月の冬にいきましたが・・・波は高く日本海は荒れていましたが・・・雪が無く残念でした。
以前、佐渡には川村登久子さん ・有沢令子さん ・ニシムラ・ユージさんらとカンゾウの丘を撮影、
ニシムラさんは毎日新聞社のコンテストで毎日新聞社賞を受賞、有沢さんは組写真でJPS展銀賞を受賞(田植えの頃)、
1994年皆さん大活躍でした。
この作品と同様で、武田雅男さんも佐渡のコンテストの上位を受賞、思い出になっています(2009年夏・撮影)。


019 (28)    クローズアップ Kyoto Kameoka
写真教室は奈良 ・京都 ・滋賀 ・兵庫、遠くは越前海岸 ・丹後半島 ・岡山と足を延ばします。
時間に制約が無ければカルチャー教室の時間外も付き合う様にしています。
出来れば皆さんと楽しく過ごせる様にと思っています(2014年秋・撮影)。


019 (29)    京都植物園 Kyotoshi
写真教室では定番 ?皆さん喜びます、各季節の色々な花がありスナップも撮れる。
バラの花と雨粒、雨の日で良かったです、NHK守口文化センターでした(2009年春・撮影)。


019 (30)    花芯 Kyoto Kameoka
亀岡コスモス園の中マクロで接写しました。
亀岡は好きな被写体地、写友の先輩、西嶋保介氏に1964年に案内して頂いた、西嶋さんの奥さんの故郷と聞いた事がある。
秀影クラブ(エルモ8ミリの前進)京都の森本義次さんが代表、薬品のセールスをしていると聞いていた、
アサヒペンタックスを使用していので、ミスターペンタックスと呼ばれていた・・・クラブでは西嶋保介氏・森本義次氏はモノクロでライバル。
カラーではマツシマススムとヤマザキタケオ氏とそれぞれ上位争いをしていた、
私は1978年2月、太陽賞受賞でプロに転向、アマチュア写真クラブは全部撤退した(2016年秋・撮影)。


019 (31)    北の芝桜 Hokaidou
山本久右衛門さんと一緒だった。 2017年秋、写真集発売、印刷はダイコロさん、スクールアルバムの印刷では超有名、
私とダイコロさんとは古い付き合い。私が住む、大阪寝屋川市に元々会社がありました。
枚方市に移転され会社は大きく成長し近年写真集も数多く制作されています。
二科会の森井禎紹理事長や私の弟子さん達は殆んどダイコロさんで印刷しています(2015年春・撮影)。


019 (32)    越畑 Kyoto
私はプロとして1978年独立、写真撮影ツアーを早くから実施、最初は個人指導から始まり、
地元のミニコミ新聞社(マイたうん ・マイライフ ・アゴラ)、JASSクラブ(日本セカンドライフ協会)等からツアーが大きくなり、
そのまま私が引き続けて約30年以上、マイたうんは30年に及びます。 皆さんに良く越畑を案内しています(1991年夏・撮影)。


019 (33)    ラベンダー Hokaidou Furano
何度もギャラリーに書いています。
倉本聰さんの北の国からと前田真三さんの富良野の写真とTVドラマから北海道富良野の風景に憧れ、
今日(20017年)まで78回のツアーになりました。
個人指導と家族旅行を合わせると80回以上です。
花の香りが大好きでいまだにラベンダーの香りが含まれた枕を使用しています(2000年夏・撮影)。


019 (34)    一輪 Hyogoken
花そのものはどこにでもあります。 散歩中、カルチャーの教室、ツアーの合間に何気なくシャッターを切りました。
特別この花を作品にしてやろうと思わず気軽にシャッターを押した、花かれんのテーマに良いだろうと思った。
気分的には花の向こうに黄色の点が気に入った(2013年夏・撮影)。


019 (35)    接写 Kyouto Kameoka
この作品もNHK文化センター守口教室で撮影しました。
守口教室は月2回、第1木曜日は教室、皆さんの作品を選評、残りの時間で私の作品を見せています。
2回目の第3木曜日は実習で大阪近郊で半日が殆んど、午後1時には守口に帰る様にしています(2016年秋・撮影)。


019 (36)    ルピナスの花 New Zealand
ニュージーランドツアーでした、大勢のお客様で約20名位でした。
有沢令子さんが二科展に入選(羊の夕暮れ)、山本久右衛門さんはJPS展に入選(白い馬)する等、大当たりでした。
思い出はバスからずっとルピナスの花が延々と続く、日本に無い風景でした。
海外の素晴らしさが実感出来た旅で思い出は強く残っています(1995年春・撮影)。


019 (37)    雨日 Kyoto Furitsu Syokubutsuen
京都植物園で撮影、私は雨の日が好きです、ところが教室の生徒さんは雨の日の撮影が嫌いな人が多い。
多分カメラが濡れるのが嫌なんでしょう ? 私自身はカメラが濡れても平気です、昔からずっと一貫しています。
また台風や夜の撮影も好きです、70才を越えると段々と体力が落ちてきているのが分るので夜の撮影は控え気味(2009年秋・撮影)。


019 (38)    並ぶ Hyogo Flower Center
マイたうんで久しぶりの兵庫県立フラワーセンターに・・・当日あまり被写体が少なくて、
フラワーセンターだと沢山の花が撮影出来ると思ったからです。 無理にシャッターを押しました。
花の撮影は花好きな写真家だと良いのですが ? 私は好きな方ではなく・・・どちらか ? と云うとイヤ ・イヤ花を撮影していると云う状態です。
花の撮影は恐らく変わる事なく続くと思います。
風景の中の花は好きです、また琵琶湖と花、これも好きです(2013年秋・撮影)。


019 (39)    花と蝶 Hyogoken Flower Center
兵庫県立フラワーセンター、花の公園として関西では有名です。
46ヘクタールの広大な公園、一年中花は絶やさない。
特に春のチューリップは有名、15万球ものチューリップが色とりどりに咲く。
TEL 0790-47-1182 水曜日が休日 ・入場料500円です。
家族で1日訪れるのに最適だと思う(2013年秋・撮影)。


019 (40)    青空 Wakayama
何となく歩いていたら花が青空の中映えていたので、気軽にシャッターを押しました、庭から飛び出して咲いていた。
花は美しいので誰からも愛されます、特に女性はどなとたも花が好きと見えて皆さん一生懸命撮影されています。
花はカルチャーにとって縁が切れないもの ? 諦めています(2012年夏・撮影)。


019 (41)    蓮とミツバチ Shiga Moriyama
花の撮影の悪口を言っていますが?蓮は別です、
今まで花に関する事は良く言っていませんが ? 蓮は特別です。
私の中で蓮の作品は最高の被写体だと思っています。
写友・森成雄さんは秋山庄太郎さん審査の金賞を受賞、忘れる事はありません。
同じく秋山さんの審査で三宅信男氏の作品で香大賞の蓮も頭に残っています。
よみうり文化センター時代、実習で蓮の花を一株植えました、
タングステンで月と蓮の多重を教えた堀田朝子さんが
コダックで最高賞(100万円)も忘れられません(1986年頃夏・撮影)。


019 (42)    蓮 Fukuiken Nanjyoshi
マイたうん撮影ツアーで高山昭江さんがキャノンフォトコンテスト(3枚組)でグランプリでした、
竹内敏信先生(JPS)が審査員だったのが思い出です。
竹内先生とはアマチュア時代から知っています、先生は多分愛知時代、琵琶湖をテーマで個展もされました。
時折、琵琶湖の作品も発表されていました(1995年夏・撮影)。


019 (43)    夕暮れ Kyoto Jyoyoshi
よみうり文化センター時代、川村登久子さん ・有沢令子さんと一緒でした。
作品は多重撮影です、二人に多重撮影を教えていました。
或る日、写真教室の講師、河野豊さんが私に向かって教えてもいないのに
川村さんが多重撮影の作品を教室で見たと言いました。
私は黙っていましたが・・・心の中では私が教えていると思った。
講師はそれぞれ何を教えているのか?分っていないのが実情だった。
だから私も中村先生 ・河野さん ・土田さんが
生徒さんに何を教えているのか ? 全く知る由もなかった(1996年夏・撮影)。


019 (44)    夜 Kyoto Jyoyoshi
城陽市の蓮は私のオハコだった、多くの名作がある。
ツアーで和田彰さんが、われら地球人で特選になり朝日新聞に掲載されました。
蓮の向こうの光のボケは京阪奈道路を走行する車のライトです。
和田彰さんはロート製薬出身でアルコールが大好きでした。
日帰り撮影会に良く参加されました、富士コン ・銅賞、キャノン入選、
アマテラスでは秋山庄太郎賞を頂いた(1996年夏・撮影)。


019 (45)    ミツバチと蓮 Kyoto Jyoyoshi
ストロボを使用、ミツバチが僅かに見えました、夜間撮影は当時、当たり前の様に撮影していた。
可能な限りのテクニックを使用、努力の塊だった、人生やろうと思えばできるもの・・・
皆さんもアイデア浮かんだらやってみて下さい(1989年夏・撮影)。


019 (46)    夢の世界 Kyoto Jyoyoshi
Tタイプ(タンフステンタイプ)のアナログ使用、当時はこの色にするのに苦労しましたが・・・
デジタル時代になってパソコンでワンクリックで青色に出来ます。
私は既に作画していますのでする必要はありません、とは云え微妙なこの色はパソコンでは出ません。
青くする事は簡単ですが ? この色はパソコンでは難しいです、たまにパソコンで青くしている人を見ますが・・・
本物では無く似てる位でディテール(細かく)で確認すると出ていないです。
1996年 フォトコン別冊 ・四季の自然に発表(1985年夏・撮影)。


019 (47)    リングボケ Kyoto Jyoyoshi
ニコンとキャノンが私の主力機、1964〜1989年迄ニコン、その後はキャノンに変更。山本久右衛門さんに出合ってキャノンにしました、
キャノンEF35〜350mmのズームレンズを使われていた。私はレンズ交換で遅れてシャッターチャンスを逃がしていた。アマチュアの山本さんに負けたくなかった、
私もキャノンEOSとレンズ35〜350mmズームを買い対抗した。同じカメラを使うと私はプロですので山本さんよりスピードは速くなり
良い作品が撮れるようになりました。フォトコンに発表1993年夏号 ・ポイントブック(1992年夏・撮影)。


019 (48)    ハス Fukuiken Nanjyou
花はピークを過ぎていたが・・・後ろのボケ効果が良かった、光は常に何時も良い時ばかりではない、
早すぎたりこの作品の様にやや期が過ぎたり、然しそれぞれに味があるもの。 


019 (49)    オニバス Kyoto Kameoka
蓮の裏側を撮影した、台風の後で蓮が裏返しになったのが不思議だった、
場所は亀岡の池、7月には蓮の花で良い被写体地です(2000年夏・撮影)


019 (50)    前ボケ技法 Gifuken
花にモンシロチョウが止まっていた、手前の花を前ボケでモンシロチョウを強調した。
アナログフイルム時代だった、私はデジタルに2008年以後転向した、それ迄デジタルが良いとは思わなかった。
フイルムだと36枚で現像と合わせて2.000円、私の場合は増感現像したので更に高くなり、1日、10本だと2万円・30本だと6万円必要だった。
30本アナログ6万円とデジタル1000枚撮影しても0円と思えた、その差が大きいので心変わりしてしまった。
デジタルに変わって9年です、以前はお金の事より作品の差を気にしていましたが? 
慣れてきました。デジタルの方が総合的に良い様に思える様になりました(1996年夏・撮影)。


019 (51)    秋 Kyoto Kameoka
京都亀岡でした、よみうり文化センター時代、三坂康一さんと藤田玲子さん、
二人とも文化センターではセンスが良く教えたら吸収も早く優秀だった。
藤田玲子さんにスローシャッターで撮影し右の彼岸花で国際サロンに入選した。
その頃スローシャッターによる作品は少なかった(1987年秋・撮影)。


019 (52)    赤い花の畦道 Wakayama Oishikogen
日本写真企画の別冊、美しい自然と云う大型の季刊誌が当時人気があった。編集人の大藤卓男さんより棚田の撮り方の記事の依頼があった。
私が時折、棚田の作品を発表しているからだった。写真の文と合わせて6ページ、他に公募作品を審査し合わせて18ページにそれぞれコメントを書いた、
過去一番の多い文と写真だった、そのページに発表した作品です、1997年秋号(1986年秋・撮影)。


019 (53)    花開く Suitashi Park Banpaku
写真教室にて万博公園の隅にコスモスの丘があります。
万博公園の中で一番遠く正面からだと私は30分ほど歩く・・・私は歩くのが苦手、
コスモスの丘は被写体地としては良いが歩くのが大変だから本心は行くのが嫌です、仕方なく歩きますが?辛いの一言、
2017年5月、朝日カルチャー中之島実習で比良山の水仙を撮影するのにケーブルを降りて100mほど下山して元に戻りました。
当日はどうも無かったが・・・翌日から1ケ月ほど筋肉痛で歩けなくなりました、
その後は自分の体を良く理解して行動するようにしています(2014年秋・撮影)。


019 (54)    前ボケの中 Osakashi
フォトコン別冊に発表(1993年・秋のポイントブック)、コスモス畑で蝶を前ボケ効果を出しながら撮影した。
フォトコン大藤貞男編集部の方が良く採用して頂いた。
大藤さんは元コダックで社員の頃からの知り合いで、特に大阪でのコダック撮影会の講師は主に私が中心でした、
他に広中一人氏 ・角尾栄治氏 ・森井禎紹氏等、東京から一流カメラマンとして斉藤耕一氏(JPS)が来られました(1999年秋・撮影)。


019 (55)    花の演出 Wakayamaken
写真教室での演出、夕景の時、コスモスに霧吹きで水を振り掛けて撮影した。
20年前、南海電車松ノ浜駅の開発で駅ビルが出来てそのビル内に写真教室がオープン、JTBの子会社ジェイコムだったと思う。
4〜5年写真教室松ノ浜アカデミーの生徒さんは小西俊克さん、三田村さん他数名だった。
実習作品は和歌山だった(2002年秋・撮影)。


019 (56)    コスモスとモデル Shiga Takashimashi
モデルの山本冨子さん、尼さんのスタイルだった。
尼さんは普段中々見かけないないので人気があり殆んどの参加者が入選されました。
山本さんは、映画・TVのタレントさんでした、普通のモデルさんと違って歩く姿、
手の持って生き方と専門過ぎて私達のモデルさんには勿体ない位でした。
尼さんスタイルで京都東寺の弘法市での撮影は他のカメラマンが大勢押し寄せ大変でした。
また木津の流れ橋では高井勇さんが二科展に入選した、
この作品で小松孝文さんはカメラ誌の月例に入選された(1996年秋・撮影)。


019 (57)    カマキリとコスモス Osaka Nose
25年程前、豊能にコスモス園がオープンした。
個人のコスモス園、山里を開墾されて入園料はやや高いが私は気に入り殆んど毎年利用した。
日本カメラの撮影ガイドの記事も書き、撮りやすい被写体でした。
ストロボ ・水滴と、ここでも演出して皆さんに喜ばれた。
演出も度が過ぎれば嫌がられる、程々がいいのでは
沢山の人の前ではあまりしない様に心がけている(2002年秋・撮影)。 


019 (58)    ソバ畑 Naganoken
乗鞍高原のソバ畑は1980年代は有名だった。
関西の写真家、高田誠三氏が良く撮影ツアーを利用され、また風景写真等に多数発表されていた。
アマチュア時代(1976年頃迄)は他の人の真似を随分したが ?プロになってからはオリジナルを出す様に努力していた。
高田誠三先生 ・中村吉之介先生があまり使用しないタングステンタイプや赤外フイルムを良く使用した。
この作品もそうだが日中ストロボ使用、2人の先生は風景ではストロボをあまり使用されていなかった(1986年秋・撮影)。


019 (59)    バラ公園 Akita
逆光だったので日中にストロボを使用した、空を背景に影が出て良い作品になった。
細かくカメラを動かしたのも変化があると思っている、
この作品の様に色合いの様に赤いのはどちらかと?云うとあまり写真界では好まれていないと、
関西の巨匠、岩宮武二先生から聞いたのを今も尚、ずっと思いを生徒さんに伝えている(1994年秋・撮影)。


019 (60)    雨日 Toyama
1990年代、砺波のチューリップ園に撮影ツアーを良く実施していた。
今ほど有名ではなくチューリップフェアの初期の頃だったと思う。
1980年代からツアーを初めて2017年で700回を超え日本の有数の撮影ツアーで恐らくツアーは日本一だと思います?
作品は山本久右衛門さんの花のコンテスト(朝日新聞社)で銀賞受賞。
チューリップにカエルが雨の日、花畑で我が物顔で楽しんでいる所をストロボ光で作画したヒット作品です。
山本さんの人生浪漫写真集第1弾傘寿の記念に収蔵されている名作です(1995年春・撮影)。 

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