Memorial

 
 
 
 


053 (67) 
山本久右衛門さん(97才) 「グランド北海道」 出版
2017 ・ 10/10 発売。 日本写真企画「フォトコンテスト」から。
申し込みは日本写真企画へ TEL 03−3551−2643 FAX 03−3551−2370


053 (66) 
序文は新党大地代表 「鈴木宗男」 先生に道東出身と聞きお願いしました。
同じく二科会理事長 「森井禎紹」 さんはアマチュア時代からの友人関係ですのでお願いしました。
編集は友人の太田健嗣郎さん、印刷は(株)ダイコロ、デザインは藤本かおりさんにお願いしました。


053 (65) 
写真の中身の一部分を公表します。
丹頂の里 鶴居村を27年前から山本久右衛門を案内しました、しかし山本さんは心臓にペースメーカーを
入れられていますので、80才から安全の為、冬の寒い時と夏の暑い時は避けて、春と秋を中心に現在ツアーに参加されています。
2017年10/26〜10/29の4日間、道東の撮影ツアーに参加されます。


053 (64) 
流氷のオジロワシです。 同じく27年前でした。
アナログのリバーサルフイルムを使用。 現在はデジタルを使用されています。
4日間で4000枚〜7000枚、撮影されています。


053 (63) 
写真集は元ダイコロ編集人、太田健嗣郎さんに
山本久右衛門の作品をマツシマが8万枚から2000枚に絞り込んで渡しました。
素晴らしい写真集になりました。 マツシマにとっては山本久右衛門に対して全精力を注ぎ込みました。
マツシマにとって最高の自信作になりました。 是非お買い求めください。


053 (62) 
私は馬と云えば北海道だと思っています。
1970年代、前田真三さんの佐藤牧場(根室)の作品を東京の街の中で拝見し、
感動したのが馬の始まり。 山本さんを馬の撮影に約20数回、案内しました。


053 (61) 
キタキツネの撮影は2015年の秋の撮影ツアーでした。
オホーツクの海岸の港でした、私は車の運転中、山本久右衛門さんは車窓から撮影、
山本さんは当時95才、とっさにシャッターが押せたものだと感心しています。
キタキツネはネズミを口にくわえ、リアリティのある作品になりました。
キタキツネの毛は冬は美しいが春から秋にかけては毛が生え変わるのであまり美しくない。


053 (60) 
トドワラ作品は1993年、野付半島を観光船で渡り撮影しました。
当時は名鉄観光を利用していました、担当の岡下彰さんは特に道東を案内してくれました。
初期は殆んど名鉄を使っていましたので、感謝しています。
2000年以降は私がガイド兼、講師として案内しています。


053 (59) 
ラベンダーをストロボで撮影、日中シンクロを教えていました。
富良野は倉本聰さんの北の国からと前田真三さんに感化され、北海道に憧れました。
2017年秋現在、78回目のツアーになっています。
2018年3月、流氷とオオワシを企画しています。 もしよかったら参加して下さい。


053 (58) 
摩周湖の冬、山本久右衛門さんの初期の作品です。
当時74才でした、現在97才になりました。 回りの皆さん全員が山本さんに憧れています。
マツシマのホームページで参加者の写真集にも掲載されています。
2017年10月12日 マツシマススムが・・・記。

 
 
 
 

 
 
 
 


053 (57) 
マツシマススム写真事務所 兼 写真のマツシマ(香里園)
創業1968年から現在まで49年 店舗(3店舗目)
 


053 (56) 
写真のマツシマの店内
カルチャーの生徒さんと写真好きのお客様へコンクールのアドバイス等をしています。
 

 
 
 
 


053 (55) 
湖国と文化(公共財団・滋賀県文化振興事業団発行・2016年1/1発行の冬号)
マツシマススム 琵琶湖と51年のテーマ
写真の人物は藤田まこと(必殺仕置き人のロケに遭遇)

 
 
 
 


053 (54) 
50年前の浮御堂 周囲にはヨシがありのどかだった。
 


053 (53) 
2015年・10/12撮影
以前の浮御堂より約10m移動した(琵琶湖総合開発事業で)

 
 
 
 


053 (52) 
1975年 作用の土塀
マツシマススムのアマチュア時代に撮影
2015年の夏 朝日カルチャー中の島教室の生徒を案内した。

 
 
 
 


053 (51) 
柿の里かつらぎ 1966年撮影
吊るし柿の上部の屋根が茅葺きだった。
 


053 (50) 
柿の里かつらぎ 四郷 2008年撮影
マイたうん日帰りツアーでは毎年案内しています。
 


053 (49) 
柿の里かつらぎ 四郷 2008年撮影
マイたうん日帰りツアーでは毎年案内しています。
変化をつけるためにアヒルをプラスアルファ(コンテストに多数入賞)


053 (48) 
柿の里かつらぎ 四郷
2015年11月 朝日カルチャー中の島の生徒を案内する。


053 (47) 
柿の里かつらぎ 四郷
2015年11月 朝日カルチャー中の島の生徒を案内する。
 

 
 
 
 


053 (46) 
2015年10/17 長浜の園遊会(着物祭り)スナップ
マイたうん日帰りツアー毎月実施 どなたでも参加できます。
 

 
 
 
 


053 (45) 
花燃ゆにあこがれて A
松下村塾の前で 2015年8月13日(私69才)
 


053 (44) 
花燃ゆにあこがれて B
高杉晋作の実家の前で 萩 2015年8月15日
夏休みを利用して九州から中国、日本海側を北上

 
 
 
 


053 (43) 
ススム18才の春 日本写真専門学校入学 1964年京都にて
写真を志して51年ですがその記念に50年としてグループ展を開催
大阪に来て何も分からず京都と奈良の神社仏閣ばかり月例に応募、予選通過も成らず
大阪城の夜景が予選通過しその分が初めてカメラ誌に取り上げられた
2年目には小西六主催コンテストでブルーリボン賞を受賞、プロへの憧れが一段と強まった。


053 (42) 
知内浜の日の出 1985年1月
滋賀県の県庁誌に採用された、2010年 北新地JRセルビスギャラリー1ヶ月間写真展「琵琶湖詩情」
(主催は読売新聞、大日本印刷、PRC)その時のハガキに使用した。
2005年から白鷺が来なくなった、この写真も貴重になった。


053 (41) 
ワイルドライフ1984年6月号(日本科学協会)
白の舞い竹生島の白鷺たち・・・特集された
ダイサギの姿が美しくその後中々上手く撮れない。


053 (40) 
素晴らしい自然(日本写真企画)1977年43秋
特集 日本の棚田、畑を撮るに6ページ作品を発表と撮り方をアドバイスする
三重県の丸山千枚田(約1360ほどの棚田がある、多分一目では日本一だと思う)
この千枚田が好きで10回以上訪れている、昨年 高島成光氏はカレンダーの撮影に同行


053 (39) 
アラスカマッキンリー 2003年
セスナ機より植村直己さんを思い出しながら撮影
奈良県の杉野安氏とは1972年頃から親しくしている、光芸クラブ(岩宮武二氏の所)で出会った
2001年杉野さんから中国の上海での写真展に参加するよう依頼されて出品した作品
私の太陽賞受賞を評価してくれた。

 
 
 
 


053 (38) 
写真活動50周年記念マツシマススムとグループ展2015 8/28-9/2 くずはアートギャラリー
右の3点が安藤良子さん、左の4点が高島成光さん(日本の原風景カレンダー作より)
高島さんは30年前千里読売文化センター(中村吉乃介塾)の生徒さん
私も先生の教室の講師として20年以上務めた(中村先生は2011年に逝去)
私にとってプロとして初めて出会った重要な人。


053 (37) 
くずはの会場で説明をするマツシマ
1981年JPSで金賞を受賞した時にツアーの参加者や
クラブの人達に説明をしたのがきっかけとなり今日まで毎回している。
 
 


053 (36) 
新しくなった くずはギャラリー
元松坂屋の跡にできた最新のギャラリー くずは駅3階の朝日カルチャーと合わせて改装された。
その時の常務(木村靖夫氏)が関係したと聞いている? 木村氏は私が30年前京阪鉄道の
写真サークルの会員だった、印象はすごく真面目な人だったと記憶している。
 


053 (35) 
作品数は123点
内容は二科展入選作6点、JPS8点、国際1点、コダック最高賞1点、日本の自然・富士コン5点
奈良展最高賞と入選7点、朝日写真展・シニア・光画・全国展・入選作が63点と残りが自由作品
 
 


053 (34) 
写真展は2年に一度
20年間は毎年開催していたが生徒さんの負担を和らげるため2年に一度に
そして2年間の入選作品を展示している理由は経費の負担を少なくするためと
入選作品をそれぞれの会場で見ていない人のためにこのような形をとっている。
関西に於いてこのような展示方法をとっているのは私だけである。

 
 
 
 

 
 
 
 


053 (33) 
写真活動50周年記念マツシマススムとグループ展2015 7/10-7/16 富士フォトサロン大阪
(丸紅ビル1F) 大盛況で終了(3876名の入場者でした) 皆様に御礼申し上げます。
ゲスト招待作家、青木君夫、森井禎紹、渋谷利雄、中村明巳、森成雄 各氏
 


053 (32) 
二科会特別会員の青木君夫氏の作品「うしろ姿」(二科展発表作品)
青木先生は暑い中見学され、全点の中からさらに良い作品を選考していただきました。
 
 


053 (31) 
1964年私が18才の時、故郷長崎よりプロを目指して日本写真専門学校(大阪)入学と同時に
青木先生のクラブに入会して2年半お世話になる。唯一の師だと思っている(先生も恩年95才です)
 
 


053 (30) 
マツシマススム50周年記念に127点出品
青木先生は丁寧にひとつひとつ見学されました。51年前、先生は44才若くてハンサムでした。
ブルーのセーター姿が思い出される。
 


053 (29) 
森井禎紹氏も忙しい中、三田市から来て頂きました。感謝します。
彼とは1975年前後川上緑桜氏のところで出会い、フイリッピンにも一緒に旅行した。
二科展も合わせてチャレンジ、私は5回連続入選、6回目に落選挫折した。
森井さん、川上さんは連続入選し会員になった。(私は1978年太陽賞でプロに転向した)

 
 
 
 

 
 
 
 


053 (28) 
秩父の有名な写真家「南良和氏」とお茶(2015.1.1)
太陽賞、土門拳賞、伊奈信男賞とまさに日本を代表する写真家


053 (27) 
南良和氏を訪問した帰り、富士山が晴天で・・・
東名のインターから撮影(2015.1.2)

 
 
 
 


053 (26) 
第46回(2013)迄の個展の芳名録を処分する(本棚がいっぱいになったので)
 


053 (25) 
天空へ
2015関西JPSメンバーズ展に出品

 
 
 
 


053 (24) 
1978.6.12 クラブ関東にて 彫刻家木内克氏作
 


053 (23) 
1978『月刊太陽』の表紙
 


053 (22) 
1978『月刊太陽』7月号の誌面より


053 (21) 
準太陽賞の若目田幸平さんと
 


053 (20) 
二次会は木村伊兵衛氏の弟子の寺崎義男さんの店「新宿バッカス」で
左から平凡社の下中社長、岡本太郎さん


053 (19) 
平凡社主催のパーティには作家の方々も招待されていた。
中央は東松照明氏(1978.6.12)


053 (18) 
左から馬場一郎さん雑誌太陽を作った人、田中雅夫、中島健蔵、渡辺義雄
それぞれの達人たちであり巨匠でもある


053 (17) 
左から岡本太郎、杵島隆、若目田さんと私、私の右隣はいまでは超有名な野町和嘉氏
 


053 (16) 
武術健康法(少林寺)−月刊 『太陽』
 


053 (15) 
京の茶菓子職人(川端道喜氏)−月刊 『太陽』
皇室に献上されたとか?

 
 
 
 


053 (14) 
下市の春−撮影地ガイド 『日本カメラ』(1985年)
下市のモクレンを発表したのは私が初めて。


053 (13) 
雲に湧く(富士山)
「日本現代写真史展」(1995 日本写真家協会)収載。
1945年-1995年間の作品30万点から1190点が択び出されている。


053 (12) 
秋の棚田−日本写真企画 『美しい自然』
 

 
 
 
 


053 (11) 
湖北冬日記 (4枚組写真) 1981JPS展 一般公募コンテスト金賞受賞


053 (10) 
 


053 (9) 
 


053 (8) 
 


053 (7) 
大阪芸術大学写真学科長だった高田誠三さんの作品評です (1981年)
 

 
 
 
 


053 (6) 
桜海老干し
2008JPS展「シリーズ日本第2回 日本の食」出品作品


053 (5) 
ストロング金剛
CMで撮影


053 (4) 
東松照明と吉田一夫と私
中央が戦後写真の巨人 東松照明氏、左が第11回太陽賞作家 吉田一夫氏


053 (3) 
藤本義一氏にいただいた色紙
 


053 (2) 
プロになってからAPA会報に出品
 


053 (1) 
よみがえれ琵琶湖
 

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