モンゴル


031 (1)    日の出の頃 モンゴル草原 Mongolian Grassiand 
朝陽が草原から昇った、水平線が美しい。
日本では陸の上で水平線に巡り合った事は無い。
初めてモンゴルを知ったのはトラベル日本旅行社から内モンゴル(中国側フフホト)に行ってからだった。
内モンゴルの僅か数キロ先に本当のモンゴルが有るので是非、行って見たい?
ただしモンゴルの事はチンギス・ハーンと豊臣秀吉の戦国時代映画で蒙古襲来の映画だけしか知識が無かった。


031 (2)    湖の朝 フブスグル湖 Mongolian Hovsgol Lake
名鉄旅行社、岡下彰氏の企画で透明度の高いフブスグル湖、世界有数の湖と聞いた。
私は琵琶湖をテーマにその頃、既に約30年近く湖を見て来た、透明度が全く違うと直感、感動したのでした。
宿泊先もツーリストキャンプ、即ちゲルといってテントみたいなものと最初は受け止めていたが・・・
羊の皮とテントで囲い、日本のテントとは全く違う、風を通さず暖かい感じでした。
8日間のツアーで、夏場はウランバートルの宿泊は3回、その他は全部ツーリストキャンプでした。
大阪市のプラスチック会社を経営されていた池下晴敏さんは
プレジデント社の地球環境フォトコンテストで新菱冷熱賞「人と空気」のテーマで優秀賞を受賞されました。


031 (3)    朝もやの中 フブスグル湖 Mongolian Hovsgol Lake
モンゴルは日本の4倍以上の国土に僅か200万人が住んでいるとか、日本の1/60の人口、大草原と遊牧民の世界。
日本と違う別世界、私は田舎人間ですのですっかりハマってしまいました。
何処へ行っても草原ばかり、動物は羊 ・ ヤギ ・ 馬 ・ たまにオオカミ ・ラクダだった。
鳥はヒマラヤ越えのアネハ鶴、大きいネズミの一種タルドガン・・・
長久正子さんが作品と同じ類が富士フォトコンテストで入選されたのを覚えている。


031 (4)    朝 フブスグル湖 Mongolian Hovsgol Lake
モンゴルの最も北にある秘湖フブスグル湖です。
モンゴルの中で私が一番好きな被写体地、7月、夏なのに朝もやが・・・湖から
神秘的です、感動を覚えすっかり惚れ込みました。
琵琶湖では湖北の寒い時期に良く朝もやが発生しました。
モンゴルでは朝靄の風景が夏に表れたのです、
モンゴルが海外ツアーで一番好きになったのは、このフブスグル湖が始まりと大草原の馬でした・・・
その他も全部好きです。
人々とも交流して見て大自然を感じてまともに私に襲って来ます、
日本だと満員電車 ・ 人々の波 ・ 自転車の山 ・ 自動車の排気ガス ・ ビルの谷、
息が詰まりそうでしたが、ここモンゴルは大草原と大きな空だけ・・・。


031 (5)    朝陽が燃える フブスグル湖 Mongolian Hovsgol Lake
モンゴル国、北西部にある淡水湖、貯水量ではモンゴル最大、200万~500万年前に造られたとか!
水質は良く処理なしでそのまま飲用できる。
人物のシルエットはドライバーやガイドを入れてスケール感を出した。
朝陽は琵琶湖でも見れるので湖の中の樹の並びは琵琶湖には無く私は気に入っています。


031 (6)    湖の中で フブスグル湖 Mongolian Hovsgol Lake
僻地や山岳トレッキングで有名な西遊旅行社を数回利用した。
フブスグル湖とカラコロム8日間、名鉄と同じツーリストキャンプだった。
湖までソ連製の四輪駆動車に分乗していきました、道路は悪路でガタガタ、
アスファルトは無く地道でしたので時々頭を打つ、クッションの悪いジープでした。
ムルンからウランバートル迄は飛行機・・・それもソ連製だった。
ムルン空港では草原に着陸、上から見て下に羊の群れ、心配しましたが着陸の頃は羊、ヤギはいなかった。
ブルドへは専用車、日本で云う10人乗りから20人乗りの小型バスでした。
トイレは殆んど無く、自然、女性の方は茂みの中、大便は困りました、後で土を被せていました。


031 (7)    湖畔 Mongolian Hovsgol Lake
アナログフイルム時代、何度も書きますが私は2008年以後デジタル、海外の作品はオールアナログフイルムです。
上部にハーフNDフイルターを使用、アナログ時代は撮影時に決まってしまいます。
その点、現在デジタルは簡単に画像を撮影後、パソコンで動かせますので本当に便利な時代になりました、
また全くの素人の方でも良き写真の時代になったと思っています。


031 (8)    少女 
2002年、冬のモンゴルツアーを企画して日本旅行へお願いしました。
日本とモンゴルの時差は1時間、飛行時間も4~5時間、冬は直行便が無くソウル経由、温度はマイナス20℃位になりました。
そんなに寒いとは思わないが痛いと云う感じです、屋外にいる時間は出来るだけ避けて、撮影したら直ぐバスに戻る様に指導しました。
長久正子さんは参加の時、90才を越えて心配しましたがとても元気、御主人の長久豊さんは当時は元気でしたが90才で天国に旅立ちました。


031 (9)    窓辺 ウランバートル Mongolian Ulaanbaatar
富山から参加の中村環さんが富士フォトコンテストで銅賞になりました。
モンゴルでもウランバートル近郊の住民は定住されて、それぞれの家を持ち市内でお仕事されているのでしょう? 遊牧人の方は移動生活です。
冬は石炭だと思う、街や市内は石炭の灰ガスの煙でかすみ、石炭の臭いが街中していました。


031 (10)    父子 ウランバートル Mongolian Ulaanbaatar
撮影していると必ず家に招待するのがモンゴルの人達、本心私は入りたくないのですが! 断ると悪いので渋々入ります。まず飴をプレゼントされ、チーズ、馬乳酒と続き儀式が始まります。私は酒、タバコが全然だめですので飲める人を先に、大枝瞬二さん、池下晴敏さん、河本美繒子さん。そのツアーでお酒を飲める人を予め決めて順に馬乳酒を頂き、私は舌で舐めて誤魔化し・・・。皆に振舞うだけでも大変なのに、モンゴルの人は本当に優しく気持ちが良かった。記念に必ずインスタント写真で撮影しプレゼントした。


031 (11)    夕照のゲル ウンドゥルドブ Mongolian Undurudobu
モンゴルのベストシーズンは7月です。
草原の緑が美しく空も青く雄大、夕照も良くゲルの夕暮れに兄弟が馬と猫で遊んでいました。
東京から参加の石村正幸さんがフォトコン月例で入選されていました。
滋賀県から参加の山川勝治さんは国際サロンで入選、大活躍の思い出です。
山川さんは10年程で二科会会友になられました。


031 (12)    ゲルと少年 テレルジ Mongolian Terelj
ゲルの少年が夕暮れ、元気に走り回っていました。
ゲルでの生活で豊かな人がテレビ、オートバイもあり、車を持っている方もいました。
モンゴルは海抜1,500メートル、高原の国で典型的な大陸性気候です。
雨が少なく乾燥した気候だとか!
1年の中で晴天が250日、年間雨量200~500mm、日本では考えられない雨の少ない国です。
7月、気温の平均は16、3℃とか8月は13℃、夏のゴビは35℃、モンゴル旅行では夏でもセーター、カーディガンが必要。
夜は薪をたくストーブが必要、私はある日、ストーブに薪を入れ過ぎて火事になる所でした。
死の恐怖を味わいモンゴルの最大の思い出は火事です・・・。と云え、熱がストーブから上がり天井の一部が焼けました。
番人が2人来て服でゲルの火を叩き消して、一安心と云う事です。


031 (13)    大家族 ブルド Mongolian Burdo
名鉄の岡下さんと初期のモンゴルツアーだったと思う、何故か?と云うと山本久右衛門さんが参加されていた、
山本さんは心臓にペースメーカーを入れています。
ニュージーランド ・ チェコ ・ ハンガリー ・ モンゴルの海外ツアーに参加していましたので記憶しています。
山本さんは80才以後、北海道ツアーを主に参加されています。
先品は夕暮れ、羊をさばいていました、近所の子供達が見学に来ていたのか? 皆さん笑顔だったのが印象的、
スローシャッターで動きを表現しました。


031 (14)    家族 カラコロム Mongolian Karakoram
引っ越しの準備をしていた、翌日まで待ってくれとお願いして撮影、
これから出発と云う前、母が子供に母乳を与えている所、車の上で姉が見ていて、微笑ましいシーンでした。
枚方から是永清子さんが参加、朝日新聞社のわれら地球人コンテストで上位になり、新聞に大きく掲載されました。
前日のシーンでは神戸の北澤悦子さんが富士フォトコンテストで大賞を受賞、後日、お祝い会をしたのも思い出。
モンゴルツアーは素晴らしい作品が山ほど、思い出一杯です。


031 (15)    お食事中 カラコロム Mongolian Karakoram
前のギャラリー⑭のクローズアップです、両方のお乳に兄弟が?
私にとって世界の旅の中、珍しい光景です、感動でシャッターを押し続けました。
この様なシーンはモンゴルでは初めてでした。
人間の原点だと思う、子供の成長の源だから私はこの様な作品大好きです。


031 (16)    羊の群れ ブルド Mongolian Burudo
夕暮れ、一家で羊を集めていました、草原で草を食べ、夕暮れに家の周りに集めます、犬を始め、家族総出で協力する。
モンゴルでは何処へ行っても遊牧民の人達の生活スタイルは同じでした。
子供は水汲みに、大人や少年は羊の世話、母は羊の乳を搾る・・・ 日本とはかけ離れた光景です。
戦前から戦後間もない時期は日本でもあったと思いますが? その姿は近年日本では見かけなくなった、家族愛を感じました。


031 (17)    犬 フブスグル Mongolian Hovsgol
モンゴルの遊牧民は殆んど犬を持っている、オオカミ等から羊を守る、勿論人間も・・・私達がゲルに近ずくと必ず犬が走って来ます。
現地ガイドにゲルの主との交渉に行かせます、殆んどのモンゴルの人は撮影OKでした。
時々、犬はガイドに襲い掛かった事も? 犬はモンゴルの方にとっては必ず家族の一員だと思っています。


031 (18)    母子 ブルド Mongolian Burudo
私達日本人を見ると恐る恐る近づいて来ます。
お互いどんな人なのか確認をします、話が合えば撮影します。
モンゴルでも僻地に行くと先方も少し心配したりしますが?
日本から観光で撮影に来たと伝え、ポラロイド、チェキ(富士フイルム)の写真をプレゼント、殆んど喜ばれます。
タバコ、ボールペン、大人はライターでした。
然し2000年を超えると航空会社からテロ対策で本人1個に変わり、100個用意したのが空港で預けられて困りました。
以前大量に持参した時、私は住民に囲まれて大変な時、名鉄岡下さんに助けられました。
これも火事の件と合わせて忘れられない思い出です。


031 (19)    草原の中 バヤンウルギー Mongolian Bayan’urugi
名鉄岡下さんからアルタイ方面はどうか? 私は喜んでOK、僻地でしかもあまり他の人が行っていない所が希望だったからだ。
カザフ族の故郷とか!! 標高3、948mのツエンゲルハイハンの麓、カザフの鷹匠村を訪ねました。
トルボ湖を周り料理人も同行した、山本璋子さんは国際サロン、安藤良子さんはアジア点描の写真集をダイコロで発刊と人生の思い出ばかり、
鷹匠撮影では奈良から参加の竹田洋祐さんも大活躍だった、カメラ誌に良く発表されていました。


031 (20)    草原を走る ウランバートル Mongolian Ulaanbaatar
グランバートルからテレルジに向かう途中、馬に乗って走っていました。
モンゴルでは馬は幼少期からの乗物、少年になると馬さばきは日本の競馬の騎手並み、
モンゴルナーダム祭では少年だけの競争が行われている。
馬に乗るのを見せてとお願いすると、喜んで私達の周りを走って自慢している様に見える。
私も一度馬に乗せて貰ったら、地上から2m程の高さでとてもとても怖くて、以後断っている。


031 (21)    ナーダム祭 ウランバートル Mongolian Ulaanbaatar
モンゴルのナーダム祭りはモンゴル一番のお祭、その期間、ウランバートルだけでなく各地で行われている。
規模は小さくても国内でも行われていた。
作品は中心のナーダム祭、手前はモンゴル相撲の人達、日本の大相撲にモンゴル力士が強い様に
草原の中、小さい頃からしているので足腰は強く技は素早く、ハッキリ言って日本人の相撲と大違いが分る。
ただしナーダム祭の時期は飛行代金も高い、祭に行かなければ時期を避けて考えて下さい。


031 (22)    少年の競争 ウランバートル Mongolian Ulaanbaatar
ナーダムは国民行事、民族の祭典、相撲 ・ 競馬 ・ 引射の三つが行われる。
毎年7月11日~13日の3日間、中央スタジアムでした。
2010年ユネスコの無形文化遺産に登録されている。
作品は子供達が競馬のゴールに向かって来た所でした。
ゴール近くにいた私達を名鉄の岡下彰氏が事故を起こしては悪いからでしょうか、安全な所へ案内してくれました、
岡下彰氏はあらゆる面で添乗員として私達を満足させてくれた、その活動が頭から離れない。


031 (23)    練習 ウランバートル Mongolian Ulaanbaatar 
ナーダムが近ずくと馬術や馬追いの練習が各地で行われている。
馬を追い、竹竿の先に馬の道具にかける、まるでサーカスと同じ。
馬に乗って走りながら、それもデコボコの草原の上だから大変だと思っている。


031 (24)    夕暮れ ウランバートル Mongolian Ulaanbaatar
私が初めてモンゴルを訪れた頃、モンゴル空港からウランバートル市内の間、国道では故障車があちこちにあった。
またバスは殆んどボンネットバス、日本では見かけなくなった光景が多く見られた。
途中、鹿も良く見かけました、また馬が多いのに驚きました。
作品は馬の向こうをまるで西部劇の映画の様です、砂煙を挙げて走っていました。
岡山から参加の大枝瞬二さん御夫婦は私のツアーに良く参加され色々なコンテストで大活躍されました。
奥さんの晟子さんの方が先に二科会会友になられ、将来更なる期待をしていましたが? 近年コンテスト等で氏名を見かけなくなりました。
今頃どうされているのでしょうか?


031 (25)    早い朝 ウランバートル Mongolian Ulaanbaatar
日本では馬と云えば北海道、一昔前、和歌山の黒沢牧場に私は初めて、
その内に黒沢牧場も馬が消えて、北海道根室の佐藤牧場に変わりました。
現在は網走から、ばんえいと馬のテーマが限られています。
その点、モンゴルではどの遊牧民でも馬を持っています、撮影も不自由なく出来ました。
モンゴルは馬の王国だと思います、チンギスハーンが馬で世界を制覇しようとした時代がうなずける。


031 (26)    水辺 ウランバートル Mongolian Ulaanbaatar
作品を見て思い出すのは大阪豊中市の長久豊氏です、
本来川上緑桜氏の生徒さんですが・・・私が撮影ツアーを活発にしているのを知り、
年に1~2回、海外だけでなく国内北海道にも数回参加されました。
20年以上のお付き合い、豊中で御自分のクラブもお持ちで数回ゲスト講師も頼まれた事がありました。
作品の水辺と夕陽は夕陽、長久豊さんは二科展に入選されました。
ベトナムツアーでもコダックで特選になり奥様の長久正子様とお二人で仲良く参加されました。


031 (27)    亀石 テレルジ Mongolian Terelj
ウランバートルの避暑地だと聞いた、首都のウランバートルから1時間半、車で行けるテレルジ国立公園です。
自然豊かで森や川、巨大な岩の連続、その中でこの亀石はシンボル的存在。
高さ15m、近くには恐竜のモニュメントもありモンゴル旅行で私は必ずテレルジで宿泊し、この亀石にも立ち寄っています。
モンゴルだけで8回参加された河本美繒子さんの写真集、モンゴル大草原は大人気でした。
プロ顔負けの写真集でした。
現在二科会会友で頑張っておられます、テレルジは当時ホテルが2軒ありました。


031 (28)    奇岩 テレルジ Mongolian Terelj
テレルジへの途中、奇岩の連続です。
モンゴル周辺の草原とは大違い、私は草原も好きですがテレルジは岩の連続、
モンゴルの1回目か2回目でヤギが岩に登っているシーンを見ました。
現地の人に聞いたら夕方近くになると自ら岩に登ると聞きました。
夜オオカミが出て来るからヤギたちは安全な場所を覚えているからとの事でした。
岩と岩との間のヤギの作品で山本久右衛門さんは二科展で安全地帯と云うタイトルで
奨励賞を受賞したのがいつまでも頭から離れない、
その後、同じ所を通過しながら見ているが同じシーンは二度となかった。


031 (29)    朝のラクダ テレルジ Mongolian Terelj
作品はテレルジでラクダに走って頂きました、名作になりました。
兵庫の河本美繒子さんが二科展に入選、ラクダの息と逆光線がフォトジェニックになり大迫力です。
モデルのラクダは馬より大きく毛並みが美しくびっくりしました。
その毛でマフラーを作っていました、私は2個買い上げました。
今も冬になると毎日しています、凄く暖かく外されません。
お気に入りの品です、また同じ物は日本に無く、たまに人から聞かれ自慢しています。


031 (30)    暮色 ウランバートル Mongolian Ulaanbaatar
名鉄ツアー岡下さん企画の作品です、岡下さんは私の写真に対する情熱を引受けて下さいました。
夕暮れだと早くホテルに帰り一杯ビールを飲みたいでしょうが? 彼は仕事中、絶対飲まないと私に言っていました。
凄い人だと思ったが決して楽にさせない私は悪いと思いながら彼を怒り飛ばしていました。
中国で3~4階建てのホテルに皆の荷物を持って上がれと命令しました。
ただしホテルに従業員がいない所です・・・私はお客様を大事にしたかったからです。
然しやり過ぎたかも!!。


031 (31)    霧の朝 テレルジ Mongolian Terelj
テレルジは緑の公園、ウランバートルの草原から一変、現地の人々の保養地として親しまれています。
緑の樹がいっぱい、7月は丘の上に花が咲き、まるでアルプスの少女のドラマです。
私はモンゴルツアーでの中、必ずテレルジはを1日~2日入れました。
作品の時、皆さんにストロボの使用を勧めました。
先程の河本さんはストロボの眼光写真で二科展入選されました。


031 (32)    早い朝 テレルジ Mongolian Terelj
早朝撮影に出かけました、私はツアーの中で何回かは早朝または暮れる作品を取り入れます。
日帰りですと夕暮れを入れると大阪に戻る時間は8~9時、冬は良いですが夏場は10時を過ぎます。
海外や北海道では数回、早朝もしくは夕暮れを入れてあげます。
ホテルに帰り夕焼け空を見ると写真魂に火が付き悔しい時が多々あります・・・。
とは云え、年齢を考えて仕事をしないと? まず現在72才、当面80才まで頑張りたい
と願っていますが? 山本久右衛門さんの97才までとは思いませんがせめてまず80才です。


031 (33)    オオカミの子 バヤンウルギー Mongolian Bayan’Urugi
名鉄の岡下さんの企画、馬の宝庫ブルド撮影ツアーでした。
サクサイ村だったと思う? 撮影ツアー後半、ホテルで次の予定を常に考えていた。
今迄に行っていない所を岡下さんも考え提案した、面白くて写真になりそうな所を私が決めていた。
作品はオオカミの子を多分見つけて、ゲルの横で遊牧民が飼っていた。
そんなに怖いと思わなかった、どちらか? と云うと犬みたいで可愛い感じだった。


031 (34)    羊の解体 ブルド Mongolian Burudo
モンゴル撮影ツアー18回の初期だったと思う。
羊の解体場面を初めて見た時、珍しくシャッターを押したが、その後、同じシーンの撮影はやめた。
何回か出会ったが? グロテスクでコンテストでは多分無理だと思った?
私の勝手な考え方です、組写真でドキュメント的に表現するとか? 写真家でプロの道を行く人なら別ですが・・・。
私の指導はアマチュアの方の作品創りのお手伝いするのが目的です。


031 (35)    オオカミを射止めた ウランバートル Mongolian Ulaanbaatar
冬のモンゴルツアーを企画した、殆んど夏ばかりだったので秋と冬も行く事になりました。
勿論、私の希望で旅行社は日本旅行の堀さんにお願いしました。
冬は直行便が少なく羽田からソウル、ウランバートルでした。
時差は1時間、アナナログのフイルムを使用したのでカメラのバッテリーには使い捨てカイロを張りました。
モンゴルの冬は氷点下40℃聞きどうなるかと思いましたが!! 結果は2度訪れました。
私の時はマイナス20℃位だったと思う、長い間、屋外に出なく適当にバスに戻っていたので、
そんなに辛くなく寒いより痛い方が先の思い出。
オオカミはどうされるのか? それは聞かなかった。


031 (36)    草原の中 ビンデル Mongolian Binderu 
チンギスハーンの故郷へ行きました、草原の中に碑があるのみ、
地元民に聞くと必ずしもチンギスハーンの故郷とは決まっていないとの事でした。
草原に羊やヤギが走り砂煙を出していました。
モンゴルの帰りに必ず、土産物屋に寄りウールのセーターを買って帰りました。
今でもウールの毛布を使用、暖かく離す事はありません。
もし皆さんが海外に行くなら①モンゴル、②中国雲南省、③ミャンマーのインレイ湖をお勧めします。


031 (37)    馬追い ウランバートル Mongolian Ulaanbaatar
モンゴルの冬2度経験して思ったのは草原に雪はあまり積もって無く、平均20cmだった。
ガイドに聞くと風が強いので雪は積もらないと言う、ただし吹き溜まりは道の横の溝にあるので注意しろとの事でした。
作品を見ての通り雪原だった、夏草が枯れている。
冬の草原は何も無く、やはり冬場は観光には向かないと思います。


031 (38)    冬の草原 ウランバートル Mongolian Ulaanbaatar
モンゴルの雪は春になると雪が解けて 地下水になると聞きました。
ヤギは足で雪を掘り起こして枯草を食べていました、馬たちは元気に雪の上でも走っていました。
私達の服装は北海道に旅行する位、ゲルの中ではストーブで暖かくしていましたが・・・
隙間から風が入るので冬は安全を考えて全部ホテルにしました。
ウランバートルで良く泊まった宿はフラワーホテル、パレスホテルが主だった。
モンゴルで最高のホテルに泊まりましたが料金が高すぎたので一回のみ。


031 (39)    馬追い ウランバートル Mongolian Ulaanbaatar
私が馬を好きになったのは和歌山の黒沢牧場から・・・そして北海道根室の佐藤牧場。
1975年カメラ毎日(毎日新聞社)の当時あったカメラ誌の年度賞で東京の表彰式の帰り、
地下鉄のポスターに前田真三さんの北海道の作品を見ました。
それも海辺と馬の作品、是非行きたいと思って10年後に佐藤牧場を訪ね、皆さんを案内してかれこれ10回程ツアーを実施。
多くの皆さんが色々なコンテストで入賞されたのも思い出です。


031 (40)    馬の息 ウランバートル Mongolian Ulaanbaatar
やはりモンゴルの冬は冷たいのでしょう、馬も人間も冬は息が白くなりました。
北海道でも馬の息は数多く見ています。
内藤律子さんが案内した本桐牧場でも、又ばんえい競馬の冬でも、特に外温が低いとき程息が強くなります。
北海道の鶴居村の丹頂も背景が黒い所では息が白くなり良く分ります。
息の白いのは作品になります、冷たさの表現だからです。


031 (41)    水辺 ムルン Mongolian Moron 
作品は夏のモンゴル、手前のシルエットの女性はガイドさんです。
私達はガイドさんも良くモデルにしました、モンゴル服で来てくれます。
7月は10℃~18℃、日中は暑くても夜は冷えました。
モンゴルではデールと呼んでいました、民族衣装です。
日本から5時間、私は飛行時間が短くて好きです・・・
エコノミーでずっと座っていると辛いです・・・エコノミー症候群になりそう? モンゴルだと気になりません。
ヨーロッパ、アフリカ等は飛行機は嫌ですね、皆さんも同じでしょう!!
公用語はモンゴル語、英語は通じなかった様です。
私の場合ガイドを常に傍にいて貰いました、
チップは余分に払っていたので悪く思われず常に次は何時来るのと? 向こうも楽しみにしていました。
海外ではガイドに喜んでもらう事が一番、その為にチップが大切ですが?


031 (42)    青い草原の丘 A ウランバートル Mongolian Ulaanbaatar
モンゴルに旅行して直ぐ思ったのは青空が日本とは違っていました。
当時アナログのフイルムですがデジタルではこんな青空にはなりません。
作品はPLフイルターは使用しなくても充分青空になりました。
丘の上で少年が馬の面倒を見ているシーン、遠くから望遠レンズ300ミリで撮影しました。


031 (43)    青い草原の丘 B ウランバートル Mongolian Ulaanbaatar
都市のウランバートルから車で30分も走ると直ぐ草原、甲子園球場の20倍の中にポツンと一軒の白いゲルが、
その周辺は必ず馬達が・・・見張りの少年がいます、遠くから同じ様に望遠レンズで撮影しました。
首都のウランバートルの冬は空気が悪かった思い出ですが、夏の空は日本より綺麗でした?
20数年前は良く停電がありました、必ずと云っていい位に、現在はどうなっているか? ここ12~13年、行っていない。


031 (44)    帰路 ウランバートル Mongolian Ulaanbaatar
小学生が帰っていた、雲が一味違っていて、これは作品にはなると直感した。
吉永さんは白い馬が下にいる作品で地球環境コンテストで優秀賞に輝いた、
プレジデント社のコンテストはテーマがあって、また賞金が良くアマチュアの方にとってやりがいのあるコンテストです。
無論、プレジデントの本に掲載されるし一時、新聞でも掲載されていて凄いコンテストだと思っています、
この雲を見ると思い出す。


031 (45)    虹 アルタイ Mongolian Altai
モンゴルツアーの中、一番遠い地区アルタイの麓に思い切りツアーを・・・天候が怪しくなり雨から虹に変わりました。
モンゴルでも数回虹を見ましたが・・・これは良くない方の部類です、
何故ギャラリーに入れたかはアルタイと云う特に殆んどの皆さんは、この地区に足を踏み入れなかったからです。
然し近年、日本の方の中でも私と同じ様な考えの人が多く、珍しい所、更に奥地にチャレンジする方が多くなっています、いい事だと!!


031 (46)    ゲルに向かって 南ゴビ Mongolian Unumugobi
名鉄ツアーでモンゴル撮影ツアーの4回目だったと思う、ツーリストキャンプ、ホテルが無い為にゲルを数個用意されていた。
シャワーが1個、簡易トイレも1個、水も1ヶ所あった。
交代で洗面所を使いました、水は私の場合、ミネラルウォーターを必ず用意していた。
決して海外では生水と水道水は絶対、口にしない主義、皆さん意外と水を使用していた。
日本から500mℓのウーロン茶を3~4本、ミネラルウォーター3本と8日間の水を持参、
足らない時は現地で安全なミネラルウォーターをホテルで買った。
生物は一切食べず、ヨーグルトも口にしなかった。
温めた野菜と熱の通った物を口にして安全を心掛けた、
その為、病気になった事は海外ツアー80回中一度も無い、自慢でした。


031 (47)    残月 ウランバートル Mongolian Ulaanbaatar
冬のモンゴルツアーでした、薄暗くなるまで羊、ヤギが家路に帰る途中でした、右から光は車のライトです。
ヤギの世話をしていたモンゴルの方は4人でした、日本と違って遊牧民の暮らしは朝早くから夜遅くまで働きます。
今の日本と違って労働時間は大変だなーと思いました。
自分と比べて贅沢な暮らしと労働する時間、総合的に比べものになりません。
近年、日本の漁業も変わって来ました、日曜日に港に行って見ると休んでいます。
お国違いとは云え!! まだまだ世界は広いです。
モンゴルの遊牧民の大変さが分りました、遊牧民のスタイルは多分今後も続くと思います。


031 (48)    時雨来る ウランバートル Mongolian Ulaanbaatar
暗雲の中、遊牧民が馬で走って来た。
ツアーの皆さんは羊の群れが右手の坂下にいたのを殆どの人がシャッターを押していた、
前方からいきなり馬の人が来たのでチャンスと思いシャッターを押しました。
河本さんがこの作品の被写体を発見、シャッターを押していた、結局、私と2人だけでした。
後日、河本さんが兵庫県展大賞を受賞したと聞き、大変嬉しく思いました。
彼女はモンゴル8回参加の中で一番の大作になったと思います、西部劇の映画シーン見たいだった。
僅か1分~2分の出来事でした、写真とはシャッターチャンスが何処にあるか?
予測が付かなかった1枚でした。


031 (49)    夕陽の楽園 ゴビ砂漠 Mongolian Gobi Desert
ゴビ砂漠に2度訪れました、
過去サハラ砂漠・ ナビブ砂漠(チュニジア)・ 中国鳴砂山の砂漠 ・ モンゴルのゴビ砂漠と・・・
私は砂丘は何となく写真的で好きでした。
鳥取の写真家、田賀久治氏の砂丘の波状の作品は頭の中から忘れる事が出来ない。
そして巨匠、植田正治氏の砂丘とコーモリ傘の名作。
海外に行き砂漠のスケールの醍醐味を味わいました。
夕食の時、観光楽団の方でしたが室内で音楽を聞かせて頂きました。
然し室内では写真が弱かったので屋外でと注文したら快く引受けて頂きました。
忘れられない1日でした。


031 (50)    草原の夕陽 アルタイ Mongolian Altai
シルエットはモンゴルのヤクと云う動物です、牛に近く毛が凄く体中にあって性格はおとなしい様でした。
ただし遠くから見て? 雄は体長は3m以上になるとか?。
分布はインド ・ 中国 ・ チベット ・ パキスタン、食物は 草、地衣類、モンゴルでも高地で多く見られる。
モンゴルの夕陽は素晴らしく雄大でした、ドラマの終わりに夕陽をこのギャラリーのラストにしました。
海外ツアー、私の中で一番多く訪れました、
モンゴルの作品数もアナログの総計フイルムで36枚撮り750本程有ります。
数年ゆっくりフイルムからCDにしてギャラリーに入れる予定です。

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