琵琶湖の鳥たち 2


015 (1)    琵琶湖の野鳥 Shiga Nagahamashi
湖の中の枯枝にトビが3羽休んでいた、1羽が飛立ち良い作品となった。 1968年、私が琵琶湖に撮影に行った初期でした。
私は気に入りクラブの写真展や後日、JPSメンバーズ展に出品、今でも気に入っています、
それ以後、同じ状況に出合っていないからです(1968年冬・撮影)。


015 (2)    湖の虹 Shiga Lake Biwa
湖上に虹が!!鳥は同じくトビでは無いか?遠いので分りません、この作品も又、何十年経っても同じものは出来ません、
だから好きです。 簡単に撮れる作品は好きではありません!!二度と撮れない作品が自慢です。
虹の写真は全く予想無しで表れますので特にその様な感じになります(1971年秋・撮影)。


015 (3)    老木 Shiga Nagahamashi
私のホームグランドは琵琶湖です。 この場所は生徒さんにもツアーでは案内していない(道が悪いので歩くのに大変)。
この老木も53年の歳月の中で少しづつ朽ちて消えて行きました。
この様に鳥が左右に止まり鳥たちの楽園のイメージが私は好きです、二度とない作品です。 
琵琶湖の鳥たちパート2は水辺をテーマにしました。 鳥の周りに水・湖・川を今回のギャラリーは中心にしました(1992年秋・撮影)。


015 (4)    夕暮れ Shiga Nagahamashi
同じく名木にトビが2羽、1羽だったり、時には止まっていない時も!!常にこの木を意識していました。
私は特にこの被写体が気に入り数点作品を残しています、しかしその名木もやがて自然の力で消えました、
自然と時間によって作品も変わって行く・・・(2002年秋・撮影)。


015 (5)    魞の上 Shiga Takashimashi
2005年マキノ町・朽木村・安曇川町・高島町・新旭町が合併して高島市になったと聞く、
私の中で琵琶湖畔に近い今津町が湖西方面では一番良く撮影した被写体地です。
古くから港が栄えて歴史もあり、私の良く行く喫茶店、望雁(モーガン)もあります、
コーヒーは大変美味しくマスターがサイフォンで入れてくれます。カレーとセットで千円、昔懐かしいレコードの音楽もあり、
今津の名物喫茶店です。 ぜひ皆さんも行って下さい、カメラ誌に発表する(1985年夏・撮影)。


015 (6)    湖中の杭 Shiga Lake Biwa
私の初期1965年でした、先輩の西嶋保介氏と常に一緒でした。 杭の上にユリカモメが10羽程、望遠レンズ210ミリでした。
当時、望遠レンズは高いので安いレンズで撮影、勿論アナログのフイルム ISO100、その頃は増感しなくてノーマルでした。
絞りはF5.6あたり、レンズいっぱいに開けて撮影、その当時はカラースライドフイルムの性能も良くなく、
特に国産のコニカ(さくら)、富士もまだ研究していた時代だと思う。 当時のフイルムを私は整理していますが・・・
そのフイルムもそろそろ限界です、色が変わりつつあります(1965年冬・撮影)。


015 (7)    ひとりぼっち Shiga Shigachou
このフイルムも色が変わりました、フイルムが良い状態の時はCM写真としてパンフレットでも使用されました。
勿論、色が綺麗な時の話です。フイルムは50年以上になると保存状態が悪いと、たぶん変化するでしょう?
私はあまり保存方法が良い方では有りません。その辺の菓子箱に入れる位、良いと思うのはマウントにしファイルに収めていますが・・・
ファイルにしてデザイナー・編集人に見れる様にはしていますが?(1966年冬・撮影)。


015 (8)    ユリカモメ Shiga Shigachou
冬場ではユリカモメが沢山見れます。 パン屑をやると近づいて来ます、かなり人間と近い鳥で湖岸に行くと必ずあちこちで出会います。
大阪でも大阪城・中之島の川で見られます、京都では鴨川で冬の時期良く見れます。
ロシアカムチャッカ半島から3.000キロを渡って来るらしい!!全長40センチ、足と口ばしが赤色、集団で動く(1973年冬・撮影)。


015 (9)    竹生島とユリカモメ Shiga Takashimashi
知内浜で撮影中、上手く竹生島とユリカモメが同時に撮れた。
偶然であったがこの作品も私は好きです、知内浜では1983~2008年迄、25年で数万枚とアナログのフイルムで撮影した。
その中でこの様なショットは僅か1枚、私にとっては名作に近い(1985年冬・撮影)。


015 (10)    姉川 Shiga Nagahamashi
ユリカモメが集団でいた。 姉川は小魚が多いので餌を求めていたのであろう。
白鷺やアオサギ等、鳥の宝庫、私は多くの名作が姉川で生まれた。 私にとって重要な被写体でした(1999年冬・撮影)。


015 (11)    湖上 A Shiga Lake Biwa
湖上のユリカモメが飛翔していた。望遠のレフレックス500ミリで撮影、絞りはF8で固定、シャッターは1/125・1/250だった。
ISO感度は100のアナログ時代、手動でピントを合わせる。私の撮影法はオールマニアルの手動、
2017年初めて他の人のカメラで鳥をAFで撮影、それ以外は全作品手動です。
余分な話、そのAF作品はギャラリーの北の国No1に入れています・・・AFも良かったです(1073年冬・撮影)。


015 (12)    湖上 B Shiga Nagahamashi
漁師さんの船の上で撮影1981年 1月、尾上港から松岡さんの船で早朝出発、この作品は日の出後8時頃、早朝の作品です。
JPS金賞(81日本写真協会)、湖北冬日記4枚の組写真でした。 この作品はその時に撮影した一連の作品です。
三木淳先生・林忠彦先生・他有名な作家方々にも会い、私の歴史の中でも太陽賞に次ぐ大変忘れられない思い出になっています(1981年冬・撮影)。


015 (13)    2羽 Shiga Nagahamashi
尾上港で撮影、漁師さんが小魚を捨てた分を食べていた。 真ん中の影は人物です、水面が揺れて、この作品も面白いと思いました。
捨てがたいと言いましょうか!!2羽の間、黒影が効果になっています。
私は被写体を主役、その回りを脇役だと常に言ってます(1982年冬・撮影)。


015 (14)    1羽のカモメ Shiga Lake Biwa
湖上でした、この作品のどこが良いかと云うと色合いです。 わたしはこの色合いが好きです。
ゆったりと向かってきます、湖面の色、ユリカモメの白い色、昔のアナログフイルムですがコントラストも良く
今では私もデジタルですが、この色彩にはなりません。 ハッキリ言って見た事が無いと云う感じの色です。
京都鴨川から夜は琵琶湖で休むと聞きます、知内浜では早朝6時過ぎに200~500羽来ていました(1978年冬・撮影)。


015 (15)    氷の上 Shiga Mishimaike
米原市に三島池があります、寒波の時は全面凍っていました。 カモメが氷の上を歩いていましたが滑って転んでいました。
鳥さんでも凍ると滑るのが分りました。 三島池は貯水池、農水省のため池百選に選定されている。
マガモの自然繁殖の南限地として有名(1986年冬・撮影)。


015 (16)    湖の上 Shiga Mishimaike
ユリカモメがたまたま首を突っ込んでいた。
アナログ時代は決定的瞬間としてワンカット撮影でしたが!!デジタルになってこの作品は普通になりました。
連写が出来ると誰でも簡単に撮れる様になりました。 三島池は遠景に伊吹山が見えて風のない日は伊吹山が池面に写る。
周囲780m、横に三島神社がある、冬が特に私のおすすめ・・・(1973年冬・撮影)。


015 (17)    湖畔 Shiga Takashimashi
ユリカモメの中に1羽だけ白鷺がいました。 ユリカモメも頭の上が黒くなっています、この鳥を夏場のユリカモメと云っています、
夏になると黒くなるのです。この作品も私の初期の作品で良いとは思いませんが記録として思い出に入れています。
1966年、私がまだ20歳の時、琵琶湖の野鳥撮影を始めて間もない頃、野鳥を見て興奮しました、
しかし何回、何十回も撮影する内に作品は没にしました。 初心者だったし当時レンズも良いものは買えない頃でした、
一番安いレンズメーカーのレンズを使っていた。 コムラー・サン・シグマ・タムロン・トップマンと色々使いましたが、
その中で私はレンズメーカーのコンテストがあったのでサンレンズを使用、サンフォトグルッペと云う。
当時、フォトコンの雑誌で発表されて人気が有りました(1975年夏・撮影)。


015 (18)    知内浜の虹 Shiga Takashimashi
ビッグチャンスだった。 知内浜でユリカモメと虹・・・遠景に虹があります。
虹は自然現象ですので滅多に出会いません!!やはり何百回と通う間にチャンスが訪れました、
写真の仲間で肥後信一さんが良く云ったのは私の事をチャンスを得る男だと言っていた。 良い作品が出来るからだと思うが!!
その分、実は努力をしているのです。 数多く出かけると自然に出会うのかも!!(1987年冬・撮影)。


015 (19)    朝の竹生島 Shiga Takashimashi
知内浜の朝の撮影は写友、森成雄さんとの時代でしたが当時、毎回、知内浜のあるマキノと今津で朝を迎えていた(1985年位迄)。
それ以後は数回ツアーで民宿「吉平」さんで泊り、よみうり文化センター時代3~4回、教室で利用。
大阪芸大の井上博道ゼミで1回、2008年に朝日カルチャー中之島教室で実施したが中の島は誰一人、希望者が無く・・・
しぶしぶ一人で吉平に泊り、この作品を創った思い出の作品、冬早朝6時頃です(2008年冬・撮影)。


015 (20)    鴨の琵琶湖 Shiga Hikone
琵琶湖で白波が出る時は私の中で風が強く荒れていると思っている。 目安です、まず漁船が出ていない、
鳥たちが湖上を飛ばず湖畔ぞいに飛ぶ、だからと考えています。 この日は鴨の群れ、琵琶湖の中では良い作品でした。
見た瞬間にシャッターを素早く切れて又ピントを合わし、構図を決める。アナログ時代は大変難しい事です。
AFで使用している方は当時失敗していました。 当時は鳥に対してピントが来ません、近年のAFオートフォーカスは
この様な時でもピントが来ます。 近年皆さん失敗が少ないです、良き時代ですね!!(1992年冬・撮影)。


015 (21)    冬の三島池 Shiga Maibarashi
私から見て三島池は鳥のメッカ、常に池には野鳥がいます、冬は特に多く殆んど鴨ですが・・・時々オシドリも見ました。
1年中見れるのは白鷺・アオサギ・カイツブリ・カルガモ・マガモです。 作品は冬の厳しい時、全面凍結、
僅かに残る水面に鳥たちが休んでいました(1977年冬・撮影)。


015 (22)    雪の三島池 Shiga Mishimaike
当日は大雪でした。 伊吹山の関係で冬は大雪に見舞われ三島池は余呉湖も同じで雪が多い時代でした、
私は冬場に3~4回は必ず行きました。近年は雪が少なくなりました、撮影ツアーでも必ずいい写真が出来るとは限りません。
三島池での作品が私のデータの中にコンクールに入選する率が低い。
個人的には好きですが!!ツアーの皆さんも三島池に行って良かったとはあまり思ってくれない(1970年冬・撮影)。


015 (23)    雪解けの頃 Shiga Mishimaike
今回このギャラリーのテーマは水辺です。
どの作品でも水に関係、同じ三島池で氷の粒が残っている頃です、夏場は近くにホタルの名所があります。
堀岡洋子さん、枚方の女流写真家、世界の旅を企画、写真集を発行しました、その中にホタルの群生作品が入っています。
私は何十年の経験の中、生徒さんの中で名作と云えます、忘れられません。
三島池の傍で撮影しました、夏はホタルの撮影に良い所です(1988年冬・撮影)。


015 (24)    水辺 Shiga Takashimashi
ユリカモメとタゲリ(チドリ科)ではなかったかと思う? 琵琶湖は野鳥の宝庫、ケリ・オオヒシクイ・セキレイ・ヒヨドリ・モズ・
ルリビタキ・ジョウビタキ・ツグミ他、沢山の野鳥を見ましたがシャッターを押す事は少なかった。
なぜなら野鳥の専門だったらテーマにしただろう!! 私は琵琶湖のテーマの中に自然風景・風土・白鷺・アオサギ、湖の変わり行く姿
が主なテーマだから、野鳥の小さい鳥類は諦めていた。 現在でも同じ野鳥を見たからと言って追い求めはしない、
ひたすら眼の前に出て来て、シャッターを押せる範囲で撮影しています(1980年冬・撮影)。


015 (25)    仲良し Shiga Lake Yogo
当時余呉湖の冬は厳しく大量の雪で見舞われていた、2m近い日も!!信じられない時も・・・
それがここ20~30年は少なく全面に凍る日も年に僅かだと聞く。
湖がシャーベット状態の時、2羽が進んでいた、親子か!!夫婦なのか分らない、一応シャッターを押した(1981年冬・撮影)。


015 (26)    暮色 Shiga Nagahamashi
左の黒い所は竹生島、島は遠くて分らないが!!マガンかヒシクイだと思っている。全長78~100cm竹生島周辺で夜に休むのでしょう!!
夕暮れ帰るのを良く見かけます。ヒシクイが琵琶湖で沢山見られるのは僅か数回、この日は全部で100羽程見ました。
私は1964年大阪に出て来て初めて西嶋保介氏に琵琶湖を案内して頂き、自然の風景や野鳥に感動しました。
現在の湖北水鳥センターは完成は1995年前後だと思う?。さざなみ街道が完成したのは1990年以後、道路が完成後だったと思う。
私は当時サラリーマン時代、1978年まで同じ職場の仲間数人を連れて琵琶湖を案内していました。 
ヒシクイを見たのも大感動でした(1974年冬・撮影)。


015 (27)    たそがれ Shiga Lake Biwa
写真は朝と夕の光、色温度が低くなる、3000~4000k(ケルビン)、オレンジ色に染まる。
私はフォトジェニックだと教室で時々伝えている、この光の状態を早く知り自分のテクニックに入れると上達が早くなる(1988年冬・撮影)。


015 (28)    カイツブリ Shiga Lake Biwa
カイツブリ(鳰)カイツブリ科、全長26cm日本のカイツブリ科の中で一番小さいとか!!
滋賀県の鳥としても有名、河川・湖沼・湿原に生息、作品は波の形が良かった。
特別に良いとは思っていないが・・・県の鳥として記録していたかった(1974年夏・撮影)。


015 (29)    湖岸 Shiga Takashimashi
シギ類ではないでしょうか!! 遠いので分りにくい、湖岸の浅瀬で餌を一生懸命食べていた。
琵琶湖ではこの様な光景は私にとって珍しいものでした。
記録として撮影、作品とは言えない、色も悪いし鳥がいるだけ・・・朝とか夕方の光だと良いのだが?(1986年秋・撮影)。


015 (30)    湖上を飛ぶ Shiga Nagahamashi
この作品も珍しいです。 何の鳥か分りません?群れで飛んでいました、その時一枚だけのシャッター、
琵琶湖ではこの様に群れをして飛ぶ鳥の種類はあまり見た事はありません。 意識していないので急に飛び込み来ました。
鳥の種類も分りませんが!!私にとって初めてだったのでシャッターを押しただけでも良かった(1988年冬・撮影)。


015 (31)    ケリ Shiga Nagahamashi
この鳥は昔から良く見ています。 冬撮影に行くと田園の中に時々見れます。 風景の撮影の時、近くに出て来たのでシャッターを押した。
長年、琵琶湖をテーマとして撮影で動いていると、この様に鳥が出で来るシーンが多々あります。
水辺がテーマだったのでこの作品を入れました、作品は記録です(1979年冬・撮影)。


015 (32)    黒鳥 Shiga Nagahamashi
この作品は珍しい、おそらく作品を持っている方は少ないと思います。
黒鳥は琵琶湖にはいないし恐らく外国産ですので多分何処かの動物園から逃げ出したものと思います。
半年ほど湖北を周遊していました、また人間にも慣れて2m~5m迄近づいて来ました。
湖北水鳥センターの前の辺りでした(1995年前後・撮影)。


015 (33)    川の畔 Shiga Maibarashi
米原市天野川、私は良く天野川の白鷺を初期(1968年頃)より撮影、いい作品がここでは生まれました。
1羽、正面から撮れて気に入ってます。水辺にいるだけでは物足りませんが光は良かったです。
このコーナーは白鷺を11作品、水辺に近い作品として編集しました(1996年秋・撮影)。


015 (34)    琵琶湖の中 Shiga Nagahamashi
写友、森成雄氏と一緒だった、1974年に彼は日本カメラの月例に応募していた。
審査員は秋山庄太郎さん、APA(日本広告写真家協会)の会長を当時されていて日本の代表的写真家でアマチュアに大変人気の作家だった。
私も秋山さんを意識してAPA展に2年応募し2年連続入選した、
大阪そごう百貨店での表彰式にて直接賞状を受取り、握手して頂いたのをハッキリ記憶している。
当時アマチュアで大変嬉しかったのを覚えている(1974年春・撮影)。


015 (35)    魞の上 Shiga Takashimashi
魞の上に大サギが見えた、望遠レンズを取り出し当時600ミリを手にしていた。
高価なレンズで70万程でした、レンズの良いのを使用すると遠くても良く写ります。
湖岸より100m以上ありました、テレコンバーター2倍を使用、合せて1200ミリと巨大レンズです。
一般的には遠くて諦めますが、このレンズを手中にしてから質の良い作品がかなり出来ました(1997年春・撮影)。


015 (36)    白鷺の群れ Shiga Nagahamashi
沢山の白鷺を見ました、姉川です食べ物の関係でしょうか!!鳥たちも集まっていました。
白鷺が一斉に飛び立つ姿は迫力がありとても感動します。
写真を撮影したと云う気分が高まります、やはりシャッターを押す感動は堪りませんね!!
写真の醍醐味と云いますか・・・1日一回でもあれば満足します(1983年春・撮影)。


015 (37)    川の中 Shiga Anekawa
白鷺の大群です、100羽から200羽でした。 この様に凄い量で白鷺の姿は珍しいのです。
姉川を通る度に覗きますが?この様に大群の白鷺を見るのは少ないです、ただし私の中の休日です。
当時は木曜日が多かった、1980年~2000年、香里園でポピーショップと云うショッピングセンターに入店していたので
木曜日が定休日でした。主に定休日と写友の森さんが毎月3の付く日、3・13・23の休日に合わせて私の所に来ます。
当時私は合計で毎月7日~10日琵琶湖に撮影に行きました(1983年春・撮影)。


015 (38)    川影の中 Shiga Outsushi
白鷺が湖岸の橋の下に・・・1羽でもカメラを向けていました。
今でもそうですが!!動きや周りの状況を見ます、今回は川に影があり、それを生かす事にしました。
1980年代よみうり文化センター講師に中村吉之介先生から依頼されて以降、生徒さんや他にマイたうん友の会が発足、
私の周りも賑やかになりました。 生徒さんでいっぱい!! 毎月の撮影会は休む事なく続けました。
撮影ツアーは今も続けています、2017年現在700回を超えています(1986年春・撮影)。


015 (39)    餌を追う鷺 Shiga Takashimashi
作品は初期、写真を始めて(大阪に来て)1年目だったのです、この作品に当時は感動しました。
餌を追い羽根を広げた瞬間を狙いました、それから地元写真家を集めて写団寝屋川を結成、多い時は28名在籍がありました。
クラブは20年で打ち切りました、私がクラブを作ったので勝手にクラブを解散し、クラブ員から非難されました。
そのクラブは既にヤマザキタケオ氏 ・三宅信男氏が実力がありクラブを解散してもやっていけると思ったからです。
クラブ名は私が付けたので今も写団寝屋川をまま続けていますが・・・。解散した人達でクラブ名を変えて運営されています、
京阪奈クラブとして皆さん活躍されています。
富士フイルムのクラブ対抗コンテストでは2年連続最高賞を受賞して今なお活躍されています、嬉しく思っています(1965年夏・撮影)。


015 (40)    大鷺 Shiga Omihachiman
大鷺を撮影中、傍に多分カイツブリか?小さな鳥・・・自分のテリトリーに入ったので追いかけたのでしょうか!!
白鷺も他の鳥も自分の傍に餌がある時は争いが起きている。
カイツブリもこんな大きな鳥では逃げるのが得だと思う、少しユーモラスに見える(1974年夏・撮影)。


015 (41)    葦の中 Shiga Nagahamashi
琵琶湖の葦も夏を過ぎ秋口になると緑色から茶色に変わる、その中一羽の白鷺が見えた。
私は光の状態が良いと思いシャッターを押した、自分では気に入ってます。
それは葦との関係だからです、露出もこの様な時、アンダー気味が良く補正はマイナスです、1~1.5。
私は段階にします、アナログは現像仕上がりまで分らないので失敗を無くすために余分に撮影した(1979年秋・撮影)。


015 (42)    白鷺の池 Shiga Outsushi
大津市の小さな池に白鷺のコロニーがあったのを道路を走っていて発見1978年だった。
森成雄さんと最初は良く行ったが1987年頃から三坂康一さんを案内した。
私のホームページのギャラリーの扉が同じ場所、国道25号パチンコ屋さんの裏だった、道路から撮影した。
2000年頃、大津の山本璋子さんを知り彼女の家近く、1kmの場所だったのが不思議でした。
ここでは良い作品が生まれ三坂氏はJPS展で多分、銅賞になったと思っている。
都心の中心にある小さい池ですがそのコロニーも今は姿を消しました(1989年夏・撮影)。


015 (43)    大津のコロニー Shiga Otsushi
大津市の新浜町ではなかったか?町名はハッキリ分らない、パチンコ屋さんの裏だった。
池の畔、竹藪があり夜はねぐらになっていた。 私の琵琶湖逍遥の写真集にも入れている、数年後竹藪が消え住宅地になった。
都市に近い所でコロニーを作ると最後は消える、同じ物が二度と撮れない作品になった(1993年夏・撮影)。


015 (44)    琵琶湖白鳥 Shiga Nagahamashi
白鳥が正面から撮れた、鳥類一般的に真正面から撮影するのは大変難しい。
偶然性が求められる、人間だとこっちを向いてと言えますが、鳥は全く人間の要望など知る由がないのである。
鳥の撮影で正面を向いているだけで点数が上がる、ただしそれから更に良くなければコンテストは入選しない。
鳥の撮影では動き、親子の情愛、特に餌をやる場面等の入選が多い(2000年冬・撮影)。


015 (45)    飛ぶ Shiga Nagahamashi
草津市、守山市辺りで白鳥を皆さん良く撮影している所を冬場に良く見ます。
私は歴史が古いので早くから琵琶湖の白鳥を知っていて、あまり守山地区では数が少ない、長浜の方が多かった。
着地の瞬間だった、琵琶湖では良い方だと思う。
北海道や東北で見る白鳥は何百羽もいて動きも色々あるので良い作品が出来やすい、当たり前だと思う(1998年冬・撮影)。


015 (46)    飛翔 Shiga Takashimashi
琵琶湖を一周する時は湖西から周る時が私の場合多い!!
1990年代は京滋バイパスが開通して車で草津から湖岸に向かった時代も・・・大津の喫茶店でコーヒーの美味しい店があり、
私はコーヒー党なのでお酒は飲みません。 写真家、棚橋紫水氏から、お前は酒を飲むなと命を受け(1972年)それ以後口にしていません。
関西で当時勝手に有名写真家を考えた時 ①岩宮武二氏 ②棚橋紫水氏 ③入江泰吉氏と」今迄ずっと思い、その後も変わりません。
それぞれのお弟子さんから怒られそうですが!! 私の勝手な言葉です(1997年冬・撮影)。


015 (47)    羽ばたき Shiga Nagahamashi
白鳥が30羽程・・・琵琶湖では多い方です、白鳥は琵琶湖での作品は最初から諦めていました。
北海道の道東で出会った白鳥に感動したからです、吹雪の中、丸くなった白鳥に 凄さを感じました。
後日、東京の写真家の方がタイムライフ誌にその写真作品が載っていました。 一連の作品を見て私は太刀打ち不可能と判断、
その方はペンションに一か月滞在したと聞き、世の中、凄い方がいると思いました。 また大阪から1か月丹頂の里、
鶴居村に滞在するカメラマンも私は知っていますが・・・世の中は広い、色々凄い方がいます、特に地元は強い。
兵庫の舞子浜にも粕谷隆さんと云う方が・・・毎日干潟を見に行くと聞き感心した、粕谷さんはアマテラスで良い作品をずっと発表されています。
新潟県松之山では佐藤明彦さん、能登では渋谷利雄さん、富良野の渥美顕二さんと・・・凄い人ばかり・・・地元は強い(1998年冬・撮影)。


015 (48)    彦根城の白鳥 Shiga Hikoneshi
作品は私の初期だった、彦根城の池で撮影、桜の落下の季節です。 桜の花と白鳥はこの作品だけ、琵琶湖では3月には白鳥は帰ります。
北海道の桜は5月、白鳥は多分いないと思います。 彦根城の桜で思い出すのは写真家・濱屋浩さん、日本の写真界の巨匠です。
私が写真の世界のに入った1964年以後、当時は土門拳さんに次ぐ好きな作家でした。日本列島と云う莫大なテーマで日本の風土を
大きく表現されました。 私みたいに琵琶湖一筋でなく、大きく日本全土をテーマにするのは凄過ぎてびっくりでした。
濱屋さんは滋賀県を1年間取材され写真集になりました、1984年の世界湖沼会議に参加された方へのプレゼントだと聞きました。
写真集の企画段階で一応私も候補になりましたが!!ネームバリューが違います、濱屋さんは世界的写真家集団マグナムの作家で
日本人では僅か2人、もう一人は久保田博二さん。皆さんも写真の歴史として濱屋浩さんを覚えてください(1968年春・撮影)。


015 (49)    泥顔 Shiga Nagahamashi
早崎ビオトープで撮影、顔を池に突っ込み泥まみれになりました。タイムライフで見た北海道作品程ではないですが、
私はその作品が頭から離れずにいた、チャンスであれば少しでも近づきたい、誰もが思っていると思う。
私はこの作品が気に入りこのギャラリーに入れています、私の弟子さんの中に山本久右衛門さん(97才)が現役で活躍されています。
2017年秋10月9日、日本写真企画よりグランド北海道を出版されます。
1990年代から北海道を良く案内しました。 山本さんも良い作品に巡り合っています、97才の写真家ってすごいですよ(1996年冬・撮影)。


015 (50)    ビオトープで Shiga Nagahamashi
夕陽の中の白鳥、大きく撮れました。 山本久右衛門さん97才を取り上げましたがJPS会員で名誉会員の笹本恒子さんも
既に100才を超えられた有名人。JPS入会番号を見ると59番目、1950年になっておられます。
私が4才の時にはJPS会員になられた方で有名な女流作家です。写真の歴史として皆さんも覚えていたら良いかと思います(2001年冬・撮影)。


015 (51)    夕暮れ Shiga Nagahamashi
早崎ビオトープで撮影、白鳥たちも近年良くこの池を利用して休んでいます。
安全地帯だと思います、夜になると琵琶湖へ移動します。 記録写真として撮影しました(1999年冬・撮影)。


015 (52)    仲良し Shiga Nagahamashi
白鳥は琵琶湖では一回飛び立つと直ぐには戻って来ません、数が多くないので撮影もやりにくいです。
私は鳥と風景やスナップも撮影します、鳥だけに集中出来ません。
一日中、白鳥を待って追い続ける方も良く見ますが敬服します。
私はあまりジット待ち続けるのは苦手、竹生島では船が迎えに来るまで仕方なしでしたが・・・
野鳥カメラマンには脱帽(1999年冬・撮影)。


015 (53)    白鳥 Shiga Nagahamashi
白鳥は大きな鳥ですので琵琶湖でも目立ちます、一応近づいて撮影しますが以外と近づくと直ぐ遠ざかります。
この作品は琵琶湖では良い方だと?勝手に思っていますが!! (1998年冬・撮影)。


015 (54)    黒鳥 Shiga Nagahamashi
カモ目カモ科ハクチョウ属に分類される、ブラックスワンとも呼ばれるらしい。
オーストラリアに生息する固有種、日本では茨木県と宮崎県に移入されたと聞く、
全長110cm体重は5kg~6kg 最大で9kg 翼開長は2mと大きい。
くちばしは赤く先端付近に白色の斑点がある、羽毛は全体黒色、
まさしくその通り黒鳥は琵琶湖でカメラに収めたプロは少なかっただろうと思う?(1995年夏・撮影)。


015 (55)    鵜 Shiga Nagahamashi
当時、湖北の名木の杭でした、歳月と共に杭は崩れ僅かに残っています。
鵜や白鷺が良く止まり、色々な種類の鳥で珍しく、ニコンサロン個展の時(1978年)に細江英公先生がお見えになって、
珍しいネ!!と言葉をかけて頂いた思い出があります。 羽根を広げているのは翼を乾かしているそうです。
竹生島では1990年前後から2000年頃、大量に押し寄せ数万とも!!
白鷺と同様、空砲を鳴らして追い払っていると聞く、竹生島の鳥によって枯木なった為に今、植林が行われている(1984年夏・撮影)。


015 (56)    知内川にて Shiga Nagahamashi
知内浜は白鷺、ユリカモメが琵琶湖でも有数の鳥の天国でしたが!!それはここ10年殆んど見れなくなり、自然とは不思議な事です。
知内川は白鷺、アオサギや野鳥の住みやすい所でした、2017年5月に通りましたが・・・鳥 1羽も見なかった。
時間帯での変化と思いますが!!野鳥の数も減っているのではと思っています(1989年・撮影)。


015 (57)    魞の上 Shiga Takashimashi
朝今津で日の出を迎えた、大津のレストランでトラックの運転手向きの店が深夜営業していた。
1973年頃、森さんと2人で食事をして今津に向かった、マキノ・今津辺りで日の出を迎え早朝の琵琶湖の作品が数多く出来た。
当時、魞が多かったが・・・近年魞も少なく鳥も少ない、時代は変化する。
漁師が早朝、漁をしていた、その上を鳥たちが飛ぶ、まるで絵を見てる感じだった(1973年冬・撮影)。


015 (58)    白鷺 Shiga Adogawa
作品はギャラリーの緑の世界No1にも同一作品を間違って採用しましたが、好きな作品です。写友、森成雄さんが当時大衆フロ屋さん、父親が日曜日、
月4回も休むとは贅沢だと!!3の付く日に決められたと聞く、私は一人で仕方なく休みの日は琵琶湖で過ごした。寂しくても琵琶湖を相変わらず周遊していた。
緑の中、白鷺が輝いて見えた、ゆっくり近づいて撮影、30年前頃は私の中では良い方に属していたが?・・・(1980年夏・撮影)。


015 (59)    緑の影 Shiga Mishimaike
樹影が池に映った、写真は平凡な作で特別なんでもない写真、水辺に影が気に入りこのギャラリーに編集した。
全作品が自信作ではなく・・・テーマの水辺の鳥としてギャラリーに・・・(1988年春・撮影)。


015 (60)    眼光 Shiga Otsushi
大津市の柳川だった、カメラの上にストロボを付けたまま、車で川の畔でたまたま出会って窓から撮影。
白鷺の眼に光が入った、上手くキャッチライトが眼に、自分では気に入っている(1981年夏・撮影)。

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