白の世界 2


030 (51)    夏の宵 Nara Prefecture
作品は1998年、国際サロン入選作品です、作者は山本久右衛門さん、2018年で97才です、
作品を発表したのは20年前ですので77才の喜寿でした。
奈良の又兵衛桜撮影の帰り、夕暮れ時ツツジの花の前を畑仕事から帰る女性をスナップ、ストロボ撮影でした。
白い世界のテーマに合う思い、このネットに発表しています、フイルムはアナログスライドです。
後日、山本さんが80才で第1集の人生浪漫に掲載し、富士フォトサロンでも個展で発表しています。
私は今でもこの作品は凄い作品だと思っています(1998年 夏 撮影)。


030 (52)    白の印象 Fukui Prefecture
私のアマチュア時代の作品、このギャラリーの白い世界のイメージに合うので入れています。 当時、休日を利用して各地に被写体を求めて飛び回っていました。 月の内3回は琵琶湖へ 1回は越前海岸 ・ 丹後半島 、ある時は和歌山有田の円田あらぎ島、コンテストに夢中、特に月例写真でカメラ誌に毎月30点〜50点を送っていました。 1975年にカメラ毎日年度賞、1975年日本カメラ4位、1977年フォトアート1位で年度賞でした。 アマチュアとして熟しいると思い太陽賞(平凡社)へ勝負の30枚の組み写真を琵琶湖のテーマにてチャレンジ、当時プロへの登竜門、写真界の芥川賞と謳っていた。 第1回1964年のアラーキのドキュメンタリーさっちんの太陽賞が写真学校で話題になっていた。 心密かに何時かチャレンジしようと思い、それから14年目の歳月が流れ、この時しかないと決心していました(1975年 夏 撮影)。


030 (53)    娘 栄子 Neyagawashi Home before
娘も被写体にし時々作品を撮っていた。
月刊フォトコンで秋山庄太郎先生の審査で特選にて1ページになった事も・・・白い服が印象的です。
娘の年齢が今では50才近く、私も歳をとったんだなーとつくづく娘の写真を見ながらこのギャラリーにも父親も入れている。
残り少なくなった自分の人生を思いめぐらせている現状です(1973年 春 撮影)。


030 (54)    佐渡の女 Niigata Prefecture Sado
撮影ツアーで日本の離れ島、私は佐渡は何となく好きで合わせて8回です。
それは大阪の大作家、岩宮武二氏の佐渡の作品を見てから憧れが出たのです。
あの大作家の佐渡へ行って見たいと・・・日本手拭いでほうかぶり姿は佐渡に合う・・・武田雅男氏 ・ 辻博明氏 ・ 小川勉氏 ・ 武藤三代子さん5人と冬の佐渡でしたが・・・
岩宮さんの大作、冬荒れの佐渡ではなかったが白い手拭いの女性が印象的でした。
デジタルで撮影(2016年 冬 撮影)。


030 (55)    北陸の女 Niigata Prefecture
アナログフイルムで撮影、新潟県は白鳥の瓢湖や鳥の多い福島潟、棚田の松代、秘境の秋山郷と好きな被写体地が沢山有ります。
その間でふと知り合った女性を撮影しました、背景が黒くなって人物が浮き私は個人的に大好きな写真です。
然し、ギャラリー見ている方の思いは全く分かりません。
このギャラリーの作品に私の思い思いが入っていますが?自信作も有れば、そうでもない作品も沢山あります。
見てる方が自由に思って頂いて良いのです(1998年 冬 撮影)。


030 (56)    祭りの日 Shiga Prefecture Omihachiman
近江八幡市内で撮影、祭りの日だったと思います。
アナログのフイルムで撮影、カメラを向けると優しい表情で見つめて頂きありがとうございます。
私は珍しい化粧と一風変わっていると思った、祭りの日はカメラマンにとって唯一心配なく撮影可能です。
現在個人情報以降、人物を自由に撮影するのがやりにくくなって来た。
人物撮影は特に子供の両親に了解をもらって撮影する事が今では基本です(2001年 撮影)。


030 (57)    のれんの向こう Shiga Prefecture Nagahama
長浜市の着物大園遊会の祭りだったと思う、のれん越しに撮影しているとわざわざ見える様にこちらに視線が来た。
シャッター2〜3枚アナログフイルムで撮影、私は何度も書いていますが・・・2008年迄フイルムでした、
デジタルに変わってようやく10年です。
デジタルに変わっても良いとも思っていない、この作品でもしデジタルだと人物の回りまでリアルに写ってしまう?
それが嫌なのです。
撮影後にパソコン上で更に現像し修正するのが一般的(1999年 秋 撮影)。


030 (58)    父子 Wakayama Prefecture
和歌山の御燈祭、熊野三山の一つ熊野速玉大社の神倉神社は熊野の神々が降臨した巨岩、ごとびき岩を御神体とし、
538段の石段を上ると山頂から新宮の町並みが見える。
熊野川河口、太平洋が一望、その神社で毎年2月6日の夜、行われるのが御燈まつり、
この祭りは火の洗礼を受ける、全国の火祭りの中で最も古いとか、
夕刻、約2000人もの白装束の男性たちが松明を手に下るり降りる姿は男の祭りとして大迫力です。
父と子の愛情が伝わる(1997年 冬 撮影)。


030 (59)    夜 Morocco
世界最大サハラ砂漠の夜です。
ストロボ光で休んでいるラクダを撮影、向こうの黄色いオレンジ色の光は私が車のライトで照らしました。
同じツアーで斉藤秦乃さんが国際サロンに入選、1998年の入選作品集を見ると山本久右衛門さんの夏の宵、
池下晴敏さんの峠の道、瀧洋子さんの夕陽の広場、寺田俊三さんの炭鉱夫と5点私のツアーから入選していました。
過去を調べて一番成績が良かったと思っている。
ツアーの皆さんは国際サロンの良さは最初は全く分かっていません。
初めて入選して他の作品を見比べてようやくその良さが皆さん分って来ます(1998年5月 撮影)。


030 (60)    窓辺 Hawaii
この作品は奥さんとの旅行中ハワイで撮影した、対岸のホテルのバルコニーでした。
窓にハワイのワイキキの浜辺が反射していたのです。
奥さんも同様にシャッターを押し、創価学会のコンテストに応募し2等になりました。
賞品はニコンカメラ、聖教新聞で大きく取り上げられました。
審査員は当時JPS日本写真家協会の会長、更にニッコールクラブの会長をされていた三木淳先生でした。
私が1981年JPS金賞の時の会長でした。
写真家の巨匠、土門拳さんの弟子でも有名、タイムライフの吉田茂の表紙は歴史に残っています(1982年 撮影)。

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